2011年発行 演劇物
「なんですってーっ!」
がちゃーん! と、昼下がりの女王の私室から、剣呑な効果音と少女の叫び声が響き渡った。
少し遅れて、なんだなんだ、賊か、と、城の兵士たちが廊下に駆け付ける。そして部屋の前に立っていたスタイナーがそれを「何でもないのである!」と追い返していた。
…なんというか、いつものことなのだ。特に、隣国の小公女とガーネット女王が面会する場合には。
「ちょ、ちょっと落ち着いて、エーコ」
「落ち着いていられるわけないでしょ! ほんとなの? ジタンが! 一回も! 会いに来もしなければ連絡もよこさないって!」
ガーネットの部屋では、丸いテーブルを挟んで、件(くだん)の二人が対話していた。
一人は部屋の主、ガーネット。もう一人は隣国リンドブルムの小公女、エーコだった。
…小公女なんて肩書きは大袈裟なのよ、とエーコはいつもぷりぷりしているが、いちおうシドの養女だからそういうことになるらしい。もっとも、ガーネットや仲間達にとってエーコはエーコなので、肩書きなどどうだっていいのが本音だ。
むしろ、勉強に作法にと色々勉強し始め、民にも人気者のエーコに、肩書きがやっと追い付いたという方がしっくりくる。
まあ、今はそういうことは少し置いておくとして。
「会いに来てくれないって…そんな、それこそ大袈裟よ。劇団の方にも最近顔を出していないみたいだったし、そっちが忙しいんだと思うわ」
「それにしたって一週間以上よ! 一日二日のことじゃないのよ! ちらりとも顔を見せないどころか、手紙も、伝言も、何も来ないんでしょ? 何から何まで音信不通なんでしょ?」
だからそれは忙しいんだと思うの…とガーネットが続けようとしたところで、エーコはきっ! とガーネットを見つめ返した。どうやらエーコには、ガーネットが言いそうな言い訳はわかってしまうようだ。
「あのねえダガー。そういうのがいつか、とんでもない事態を招くのよ! 油断しちゃ駄目なの!」
エーコは左手を腰に当て、右手で人差し指を立てながら、まるで妹を諭す姉のような口調で言った。
ガーネットを諭す時、エーコは決まってガーネットを「ダガー」と呼ぶ。その懐かしい響きに思わず微笑みながら、ガーネットはこう言い添えた。
「でも、その前には便りがちゃんと来たわ。『これからちょっと忙しくなるから、しばらく会えないかも』って」
「エーコはね、ダガーのそういうところが心配なの。黙ってなんでも信じちゃうんだから! ほら、エイヴォン卿のソネットにもあるでしょ、『男の口は、当てにはできぬ』…」
「『なれば乙女よ、泣くよりも。涙を拭い、笑み浮かべ。おもしろおかしくこの世を送れ』。“さえずる乙女”ね」
「んもう、言わないでって言ってるじゃない! …って、そうじゃなくて!」
エーコはもう一回「がちゃん!」とテーブルに身を乗り出してガーネットを睨んだ。そのあまりの剣幕にガーネットは思わず押し黙る。
そのまま二人は沈黙して見つめ合っていたが、やがてエーコが根負けしたように深い溜息をついて、椅子から飛び降りた。
「…こうなったら、エーコがジタンにヒトコト言って来てやるわ! 可愛い恋人を放りっぱなしにして、何にウツツを抜かしてるの、って」
まったく世話がやける二人ね――言外にエーコはそういって肩を竦めた。
ガーネットはその仕草が可愛らしくて、そしてそう言ってくれるエーコが嬉しくて、思わず笑ってしまう。
エーコは心配してくれて、かつ、世話を焼きたがってくれているのだ。おそらく、ガーネットもジタンも、彼女にとって大切な人間だから。
それなら、ガーネットが一人でぼうってしているわけにはいかなかった。
「私も行くわ。エーコの話を聞いていたら、私もひとこと言いたくなってきたもの」
「そうでしょ、そうでしょ! なら善は急げよ! 大丈夫、スタイナーとベアトリクスには、女王陛下はリンドブルムでとぉーっても大事な用があるって言っておくわ!」
得意げに胸を張ってから、エーコは一目散に部屋を出ていってしまった。
廊下にはスタイナーが控えている。彼女はすぐにでも、ガーネットの外出について強引な許可を取り付けるはずだ。
一国の小公女じきじきのお言葉は、彼にはさぞキツいだろうなぁ…と、ガーネットはどこか他人事のように思っていた。
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