舞台袖は、舞台の上に比べて格段に暗い。照明もここまでは届かない。
その暗い舞台袖で、ジタンはひたすら不機嫌だった。むっつりと口を一文字に曲げて、舞台袖からルビィ達の演技を見ている。
その傍らにはフォードが居て、全く悪気のなさそうな笑顔を浮かべていた。
「リハーサル公演にみんなを呼ぶなんて、聞いてないぞ」
「まあ、確かに言いませんでしたからね」
「いけしゃあしゃあ」とか「盗人猛々しい」というのはまさにこういうことを言うのだ。辞書には、今のコイツの顔写真をそのまま貼り付けておけばいい、と、ジタンは密かに毒づく。
そんな心中など察そうともせず、からからとフォードは笑って言った。
「いいじゃありませんか。客が仲間だと上手くできない、なんて言わないでしょう? それなら誰が見ていても同じです」
「…お前、やっぱり良い性格してるな」
コイツに何を言っても無駄だ。今までの練習で、ジタンはそれもよく理解している。
色々と諦めた様子で深い溜息をつくと、フォードは「ありがとうございます」と完璧な会釈を返すのだった。
…そろそろジタンの出番が近づいてきた。意識の切り替え時だ。
ジタンはゆっくりと深呼吸をすると、ひとしきり衣装を翻し、不具合がないことを確かめる。見たところ不具合はない。仕上げに手に持っていた伊達(だて)眼鏡(めがね)を掛けて、準備は完了だ。
「では、いってらっしゃい」
フォードが落ち着いた声でそう言った。ジタンは不適な笑みでそれに応じる。
暗い舞台袖から明るい舞台上へと、ジタン扮するマキシミリアンが歩き出す。
靴音が響き、物語は静かに、冒頭から中盤へと進んでいった。