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ファーストインプレッション

Posted in Caligula-カリギュラ-, and テキスト

鍵介×主人公。日暮白夜本編軸。
自宅主人公・日暮白夜と鍵介の第一印象について。

* * * * *

僕の時だけ、間がある。

「そう?」
隣に並び、そう返してきた少女は、鍵介と同じく一年生の篠原美笛だった。
帰宅部の部活動前。今日は作戦会議という名目で、部室でお菓子をつまみながら今後の方針を決める日らしい。
特に買い出しの役が決まっているわけではないが、「好きなお菓子を選べるから」と美笛が買い出しを買って出て、それならと同学年の鈴奈が賛同し、荷物持ちに鍵介が指名される。それがいつものパターンだった。
今日も今日とて三人でめぼしいお菓子を買いに出て、その帰りである。
怪訝そうな顔をしていることからして、美笛は鍵介の意見には同意していなさそうだ。鍵介は負けじと繰り返す。
「そうなんだよ」
「ええと、そんなことは……ないと、思いますけど」
頑なな鍵介に対して、美笛の援護に回ったのはやはり一年生の神楽鈴奈である。恐る恐るといった口調ではあるが、はっきりと言い切る形だ。
一対二。形勢は不利だ。しかし、だからといってここで「はいそうですか」と引き下がって解決する問題ではない。
「そんなことない。絶対、僕が話しかけた時だけ間がある。余計に」
「うーん。部長、けっこう寡黙っていうか、余計なことはしゃべらないタイプだし。鍵介君がよく話す方だから、余計にそう思っちゃうんじゃない?」
語調をわざと強めてそう主張したものの、「あたしの時は全然そんなことないけどなぁ」と、美笛は全く納得のいかない様子だ。鈴奈もうんうんと頷きながら続く。
「確かに、先輩って口数は少ないですし、ちょっとミステリアスですけど……特定の人に対して冷たくする人じゃないですよ」
「そうそう! そこが、大人しそうでもなんか頼れる~って感じなんだよね」
わかるわかると、女子二人は勝手に盛り上がってしまった。そうなると、鍵介としては釈然としない。
断じて、美笛や鈴奈が『彼』――帰宅部部長・日暮白夜を手放しで称賛しているから、というわけではない。
……確かに、鍵介はよく喋る方だ。そして白夜はあまり喋らない方だ。不言実行を常としていて、言葉で示すよりも先に行動することが多い。大抵の話題は黙って聞き、本当に返答が必要なタイミングまで口を開かない。
喋り上手というよりは、聞き上手。そんな少年であることは確かである。
しかし、美笛や鈴奈の言う通り、彼は決して人嫌いであるとか、人と話すのが嫌いであるとかいうことはないらしい。むしろ好奇心は旺盛で、ことあるごとに、アリアと連れ立って仲間の後をついて回ったり、新しい場所を散策したり、他の生徒と交流したりしているようだ。
が。しかし、だ。
そんな白夜が、何故か鍵介のことだけはあからさまに避ける。――少なくとも、鍵介にはそう感じられる。
気付いたきっかけ自体は些細なことで、しかし重なれば致命的だった。話しかけて、返答のタイミングに微妙な間がある。時間をくれと誘っても、何か理由をつけて断られる。そんなことが多いのだ。
「鍵介君は帰宅部に入部してまだ日が浅いから、部長もちょっと緊張している、とかじゃないでしょうか」
「緊張ねえ……」
白夜は基本、あまり表情を変えない。喜んでいても怒っていても哀しんでいても楽しんでいても、表情筋が動くのを忘れてしまったのかと思うレベルであまり変化がないのだ。表情が豊かな美笛やアリア辺りには、いつも「えっいまの笑ってたの!」などと驚かれているくらいだ。
もしかしたら、本当に緊張していてそれが表情に出ていないだけかもしれないが……やはり、釈然としない。
「もう! そんな悩むんなら、聞けばいいじゃない!」
そこで、美笛が我慢の限界らしくそう言い放った。鍵介はしばし沈黙し、それから再び口を開く。
「ストレートに?」
「ストレートに! 男の子でしょう、鍵介くん!」
……それは、男の子か女の子かと言われれば、男の子だが。その理屈はどうなんだ。
そんな屁理屈はとりあえず飲み込んで、鍵介はため息をついた。確かに、美笛の提案は一番手っ取り早く、一番間違いない理由が聞けそうだ。
「はぁ……まあ、いいけど」
言ったところで、その日は部室の前に辿りついてしまった。何はともあれ今日は作戦会議だ。くだんの部長様に、今後の帰宅部の方針を仰がなければならない。
幸いなのか何なのか、自分の行動方針は決まった。

* * *

そういうわけで後日、白夜を呼び止めてみた鍵介である。
「先輩、今日の放課後空けといてもらえませんか?」
出来るだけにこやかに、愛想よく。
もしかしたら「緊張して」なんていう理由かも知れないという一縷の希望を持って、新入部員・響鍵介は誠心誠意頑張ったつもりである。
「…………………………」
白夜はそんな鍵介を見て、ぴたりと綺麗に動きを止め、それからゆっくりと鍵介の方へ視線を合わせた。相変わらずの無表情。感情の色に乏しい灰色の瞳が、鍵介をじいっと見つめ返している。その様子は一見、泰然自若といったふうだ。
だが、微かに。びくっ、と身体を震わせた。今、明らかに。
なんなんだ。僕が何をしたっていうんだ。今、物凄く人当たりよく声をかけたはずなんだけど。
「……………………………………」
そして後に続くのは、この冷えた無言である。
「ちょっとYOU、鍵介がなんか言ってるってば」
見かねてか、アリアが白夜にそう声をかけた。それさえももう、納得いかない。なんかってなんだ。促すなら促すで、もうちょっと真面目にやってくれ。
すると、白夜はちらり、と宙に浮くアリアを見やって、もう一度鍵介の方に視線を返し、その口を開く。
「…………きょ」
「きょ?」
肌と同じく、色素の薄い。しかしよく見ればほんのりと桜色に染まったその唇が、僅かに開いてそこから声を零す。それを、鍵介はなぜか食い入るように聞いていた。
「……今日は、用事があるから、だめだ」
その結果がこれである。これが漫画かアニメなら、びきりと額に青筋が浮かんでいる場面だ。
「お忙しいところすみません。じゃあ明日で」
「明日も、だめだ」
「それなら、明後日でもいいですよ」
「明後日も」
「そんなに僕のこと嫌いですかそんなに!」
ここはさすがに怒鳴っていい場面だ。誰が許さなくても僕が許す! 鍵介は半ば自棄になりながら、そう言い放った。再度、白夜がびく、と身体を震わせ、一歩後ずさった。しかしもう構うもんか、という気概の鍵介である。
「………………」
「YOU、いくらなんでもそれは苦しすぎじゃない?」
観念すれば? と、後ずさった白夜に寄り添うように、アリアが宙で移動してそう言った。うう、と小さく、聞こえるか聞こえないかくらいの呻きを白夜が漏らす。
もう面倒くさくなってきた、というのが正直なところだ。
「もう聞いちゃいますけど、先輩、なんで僕のことを避けるんですか? 僕何かしました? 全然覚えがないんですけど」
これで気付かずなにか致命的な粗相をしていた、とかであるなら最低だが、考えるだけ考えて思い当たらなかった結果である。鍵介としてはもうどうしようもない。
「……別に、何も」
しかし、白夜も頑なだ。内心、「嘘をつけ嘘を」を言ってやりたい鍵介だが、さすがに後輩という立場上口には出来なかった。
「ん~、もうさ、言っちゃえば? ハッキリと」
白夜の真上で、アリアがそう助言する。口調としては、鍵介と同じく「さすがにもう面倒になってきた」という感情が読み取れた。
「……ストレートに?」
「ストレートに! YOU、オトコノコでしょ!」
どこかで聞いたやり取りをしながら、二人は何やら話し合いを始めてしまった。そのうち、白夜が「男の子……」と口の中で、自分に言い聞かせるように繰り返しはじめる。
なんなんだ本当に。ぶった切るなら早くしてくれ、としびれを切らしかけたその時、白夜が意を決したように口をきゅっと結び、それから開いた。
「だって」
 最初に出た言葉は、まるで小さな子供が駄々をこねるときのような文句だった。その言葉が普段の「無口だが頼れる部長」のイメージとそぐわず、思わず鍵介は耳を疑う。
「鍵介、言葉遣いが悪いし」
「はぁっ?」
思わず素で声を上げた。まさかそんなことを言われるとは思わなかった。完全な不意打ちだ。
「先輩に向かって、酷い言葉を使うし」
ぽかんとしてしまった鍵介を見て、自分の言葉を理解できなかったと思ったのだろうか。白夜はもう一度、丁寧に言い直した。ようやく鍵介も我に返って、反論を開始する。
「いや、先輩方にはいつも敬語のつもりなんですけど」
「戦った時。凡人とか、バカとか。いっぱい言っただろ」
「それ楽士の頃でしょう あれは洗脳されてたっていうか、一応黒歴史として認識してますからもう忘れてください」
「制服だって、着崩してるし」
「いや、これくらいは誰だって……っていうか、この学校、校則とかあってないようなもんですし」
「………………………………」
挙句の果ての、この気まずい沈黙はなんだ。アリアも妙に気の毒そうな視線で鍵介を見ている。
「……だと思って」
「は なんですか
そして、白夜は珍しく、「不快そうだ」とわかるように眉をひそめ、そう言った。しかし一度では上手く聞き取れず、鍵介は尋ね返す。
白夜はさらに眉根を寄せて、それからもう少し大きな声で、今度こそ言い放った。
「不良だと思って」
「ふ……
鍵介を言葉を失うしかなかった。言うに事欠いて。不良
 再度呆然とし、色々な思考が頭の中をぐるぐると回るのがわかる。
言葉遣いが少々悪かったとか、制服を着崩してるからって、不良 この人、もしかしてダメージジーンズとかも「破れてる」って思ってるタイプとか いやいや、あり得ない もしそうだとして、一体いくつなんだ。時代錯誤がすぎる。
……ミステリアスとかじゃない、この人、タダの天然だ
「あんなに綺麗な歌を作るのに」
ショックでオーバーヒートしそうな鍵介の思考に次に飛び込んできたのは、しかしそんな言葉だった。先ほどを同じく小さい声だったが、そんな言葉はクリアに聞こえる自分が少し恥ずかしい。
そして、不覚にもどきりとしてしまう自分が、悔しい。
「そ、それとこれとは、関係ないでしょう。っていうか、あれはμから才能を貰って……」
「……………………………………」
すると、その言葉に再び白夜が鍵介を睨み、沈黙する。
今度はなんの沈黙だ、これは。
「本当に『頭の中に何も伝えたいことがない』人が、創作活動なんて出来るわけない。だからあれは、鍵介の歌だ」

桜色の唇が、淡々と。感情の色も波もなく、そう告げる。本当の本当に一生の不覚だが、その恥ずかしげもなく言い切られた言葉に、今度こそ、鍵介の顔が熱くなった。
「話」
「……は
いったい、今日この時間、何度、この部長に「はぁ」と間の抜けた声を聞かせただろうか。そんなことも忘れるくらいの頃、白夜がいつもの無感情、無感動さを取り戻した様子で、言った。
「それだけなら、もう行く」
「あっ、ちょっとYOUってば 待ってよ
くるり、と踵を返し、すたすたと歩き去っていく白夜の背を、アリアが慌てて追いかける。
鍵介はそれを見送るしか出来なかった。色々な事が一度に起きすぎ、かつ衝撃的すぎて、動く気が起こらない。
ただ脳内は、
「(なんなんだ、あれ)」
その一言に尽きる。

それが、日暮白夜の第一印象だった。