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一方通行

Posted in Caligula-カリギュラ-, and テキスト

自宅主人公・神谷奏太。主人公×鍵介。
現実に帰って来てから連絡がつかない奏太と、待ち続ける鍵介の話。

* * * * *

 ただ一方通行の言葉だけを投げかけ続ける。
 そんな僕の気も知らないで。

 『今日は少し遠出することにしました』

 『作曲、少しずつですけど進んでます』

 『帰宅部のメンバーと会ってきました。みんな元気そうです。まあ、みんなからもWIREされてるでしょうけど』

 鍵介はこつこつと靴音を響かせながら、夜道を歩く。手にはコンビニの袋。中身はちょっとした夜食と飲み物だ。
 少し眠気はあるが、今日はもう少し起きているつもりだった。メビウスから戻って始めた作曲作業は、壁にぶつかってばかりで進まない。それでも、今日はいつもよりマシだった。
 気持ちが乗っているうちにやれるところまでやっておこう。そう思ったところで、小腹がすいてコンビニ行きが決定した。
 歩きながら、時折手元のスマートフォンを見やる。通知なし。WIREの画面に表示されるのは、自分から相手へのメッセージばかり。相手からのメッセージは一つもなかった。
 送信先は、『神谷奏太』。
 あの仮想世界で、鍵介たち「帰宅部」の部長を務めた少年の名前だ。
 もっとも、彼がメビウスでの年齢通り、少年であるかどうかはわからない。なにせ、彼はメビウスから現実へ帰還してから、一度も帰宅部メンバーの前に姿を現していないのだから。
 帰宅部が無事、メビウスより帰宅したあと。琴乃が提案したシーパライソでの再会の日、奏太はそこには現れなかった。
 ただ一通、全員のWIREに「ごめん、もう会えない。今までありがとう。さよなら」とメッセージが送られてきただけだった。
 もちろん、鍵介も含め全員が奏太へメッセージを送った。通話も試みた。しかし、奏太からメッセージが返ってきたことも、折り返しの通話がかかってきたこともない。
 しばらくは、帰宅部メンバーで行方を探そうという話が出たが、徐々にそれも無くなっていった。
 奏太以外の帰宅部は今も強く結びついているが、部長だった彼の場所だけ、ぽっかりと失われたまま。
 やがて、奏太がメッセージを送ってきた日から一年が経とうとした頃――帰宅部のメンバーたちは、誰が言い出すでもなくこう思い始めていた。
 『探さない方がいいのだ』と。
 どんな事情があるかはわからない。しかし、奏太は会いたがっていない。あのメッセージの通り、「もう会えない」のだ、と。
 そう理解しながらも、ことあるごとにメッセージを送り続けてしまう女々しい自分に、鍵介はため息をついた。
 もしかしたら返事が返ってくるかも、なんていう希望的観測は、もうほとんど抱いていない。ほとんど、というところが女々しい部分だ。
 その他の大部分と言えば、多分意地なのだろう、と思う。そっちがその気なら、反応返すまで送り続けてやる、というような、不毛で無意味な意地だ。
 そうして、鍵介はただ一方通行の言葉だけを、ずっと送り続けていた。
 「(別に、勝手に送るぶんにはいいじゃないか。既読はつくし。それに、本当に迷惑ならブロックするだろ、普通)」
 誰への言い訳なのかもわからないことを考えながら、鍵介はスマートフォンの画面を消して、ポケットにしまい込む。
 この街路樹の先はすぐに家だ。ついたら作曲の続きが待っている。

 がさり。

 「…………?」
 と、ちょうど、不自然な音がしたのはそんな時だった。
 例えるならばそれは、葉がこすれ合い揺れるような音。台風の前兆のように、強い風が木々を揺らす時の音だ。鍵介は思わず近場の街路樹を見上げる。
 すると、続いて枝が、「バキバキッ!」と、すごい音を立てて何本か折れる音がした。
 「うわっ、ちょ、うわあああ!」
 それと、緊張感のない男の悲鳴。ゆさ、ゆさ、と、見上げた街路樹が大きく枝をしならせ、細い枝がぱきんぱきんと折れて落ちてくる。葉っぱが鍵介の頭の上に降り注いだ。
 ……なんなんだこの状況は。いったい自分の頭上で何が起こった?
 「…………は?」
 半ば今の状況を把握できないまま、鍵介はようやくそれだけ口にした。
 見上げた先には街路樹と、その太い枝の上に足を引っかけ、逆さま状態で「いたた……」と呻く男。
 「うあー、やっちゃったよ。久々の自由落下体験。全然、足元見てなかった」
 独り言らしく、男は泣き言を言いながらも目を開けた。そうすると、ちょうど逆さまになったその男の目と、鍵介の目が合う。
 「あ」
 男が、あからさまに「マズイ」という顔をした。
 当たり前だろう。鍵介にはその理由もすぐにわかる。だから、鍵介は呆然としていた自分の表情を一度戻し、それから出来る限り精いっぱいの笑顔でこう返す。
 「随分と久しぶりですね、先輩。いつから落ちもの系ヒロイン……いえ、ヒーローになったんです?」
 懐かしい――懐かしいと思っていてくれるのだろうか――皮肉いっぱいの物言いに、男……メビウスで見たよりも幾分か年を重ねたように見えるが、まさしく神谷奏太その人は、鍵介の言葉に表情を凍りつかせた。
 「け、鍵介っ!? な、なんでお前こんなところに……!」
 「それはこっちのセリフです! シーパライソの件すっぽかしておいて、しかも一年間もWIRE総無視とか何様なんですか!」
 「いやその、それには深いわけがあって……」
 逆さづり状態のまま、奏太は青い顔をして弁明しようとする。しかし、鍵介はそれを睨み付けて遮った。
 「なら、そのわけとやらを説明してもらいましょうか」
 黙っていなくなるなんて、あまりにむごい。声と視線にその訴えを込める。果たしてそれは奏太に伝わったのだろうか。
 この一年、奏太を案じていなかった帰宅部員など一人もいなかったはずだ。皆口には出さなくなったが、ずっと彼の行方を捜したがっていたし、知りたがっていた。
 あるいは救われ、あるいは報われ、あるいは励まされ背中を押された。奏太に特別な想いを抱いていなかったメンバーなどいないだろう。
 それは鍵介だって同じだ。だからこそ、一方的でもいいと、メッセージを送り続けていた。
 なのに、この男と来たら、こんなふざけた形で再会してくるなんて。
  「(僕の気も知らないで)」

 昔からそうだ、この人は。だからあなたは気に食わないんだ。
 だからこんなにも気になるんだ。