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幸せの致死量

Posted in Caligula-カリギュラ-, and テキスト

自宅主人公・日暮白夜。
鍵介×主人公。見ようによってはR12かR15くらい。

* * * * *

 まことのさいわいのために私の身体をおつかいください。
 そう言ったのは一体誰だっただろうか。唐突に、白夜の頭はそんなことを考えていた。
 真の幸いというものが、いったいどんなものか。白夜にはまだ分からないが、もしかしたらそれは、こんな時間のことを言うのかも知れない。
 大好きな人とキスをして、愛を確かめ合う時間のようなことを。なんて。
 ――たぶん一種の現実逃避だ。そうやって何か全く別のことを考えていないと、緊張で心臓が爆発しそうになる。
 亜麻色の髪がさらさらと目の前で揺れている。眼鏡を外したいつもと違う瞳が、白夜を見下ろしているのが見えた。
 「先輩」
 彼の唇が甘く綻び、自分を呼ぶ。その声はいつもよりもずっと大人っぽく艶を帯びている。
 先輩、と呼ばれているのはこちらなのに、中身は彼の方がきっと大人なのだと思えた。そう考えるとこの状況はひどくアンバランスで、なんだかとてもいけないことをしている気がしてくる。
 いけないことを、と、そう考えた時、狙ったように彼の、鍵介の指が白夜の胸元に触れた。
 「……っ……」
 驚いて声を上げそうになったが、なんとか押しとどめる。くすぐったさとは少し違う、柔く電流が走るような刺激。ぞくぞくと背中を駆ける「何か」に、思考が混乱する。
 その反応を見て気分を良くしたのだろうか、鍵介が少し笑った気がした。そしてそのまま、胸元に這わせた指をゆっくりと滑らせていく。
 「今からそんなので、大丈夫ですか」
 少し呆れたように、でも、優しい声がそう尋ねる。
 そして、不意に視界が遮られ、唇と唇が重なった。鍵介の空いた方の手が白夜の髪を撫で、白夜が伺うように手を伸ばすと引き寄せられて抱きしめられる。
 ああもうどうしたらいいのだろう。こんなに幸せで大丈夫だろうか。
 世界のあらゆる薬と同じく、幸せというものにも致死量があるとしたら、きっと今はそれを超えている。
 だって、幸せすぎて、今こんなに苦しい。
 「……先輩?」
 ふと、鍵介が抱きしめた身体を離し、少し怪訝そうに自分を呼んだ。
 くらり、と、白夜の視界が一回転する。なんだか頭もぼんやりしてきた。なぜかとても息苦しくて――
 「えっ、ちょ、先輩、息してます!? してませんよね!?」
 ちょっと! と大慌てで揺さぶられて、白夜はその時、初めて自分が息をするのを忘れていたのに気づいたのだった。

 その後、結局続きは中断することとなり、ベッドの上の恋人は当然、酷く不機嫌だった。
 「いいですか、息はしてください! なんで息止めるんですか、死にたいんですか!?」
 「ご、ごめん、忘れてた」
 「……他の何を忘れてもいいですが、生命維持活動忘れるとかヤバイですよ先輩」
 まったく、と頭を抱えて、大きくため息をつかれた。
 めんぼくありません、と、白夜は項垂れることしか出来なかった。今回ばかりは自分が全面的に悪い。
 とりあえず素直に謝って、対策を考えなければ機嫌は直るまい。
 「次は息するから」
 「当たり前です! 最低ラインですからねそこ! 今後こういうことするたびに先輩が呼吸してるか確認しなきゃいけないとか、それどんなプレイですか!」
 いくらなんでもマニアックすぎます! とまた怒られて、白夜は今度こそ心から平謝りするのだった。