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きょうとおなじあしたのさきへ

Posted in Persona4, and テキスト

花村×主人公。
アニメ真エンドあたりのはなし。

* * * * *

 そこはずっと幸せで、ずっと変わらない楽園でした。
 ひたすらに紅い空が広がっている。
 それは夕暮れとか朝焼けのような淡い赤では決してなく、まるで血の色を思わせるような暗い赤色をしていた。
 そんな空が広がる下に、がらくたで出来た町がある。
 その町はひたすらにいびつだった。おもちゃのよう、とでも言えばいいのか。子供が好きなものを際限なく寄せ集めて作った「ひみつきち」のようだ。
 「こんなものが欲しい」。「こんなことがしたい」。
 そんな子供じみたプラスの欲望だけで形作られた町は、マイナスを感じさせるものが全くない分、アンバランスに見えた。

 そんながらくたの町のてっぺんで、彼は語る。
 「現実はこわいところだから。ちょっとさわるだけで傷つくんだ」
 少し色素の薄い黒髪を風に揺らして、少年は言った。
 年は10才くらいだろうか。賢そうな瞳をしていて、もう少ししたらきっと美しい青年になるだろうと分かる顔立ちをしている。
 そんな少年の言葉を聞いているのは、また別の少年だ。
 彼は町のてっぺんに腰掛けた黒髪の少年を少し見上げるようにして、茶色い髪を揺らしていた。
 「だからずっとここにいるのか?」
 茶髪の少年は、ずっと空を見ている黒髪の少年に言った。
 彼の瞳は人なつこそうに輝いていて、黒髪の少年を気遣うように見つめていた。
 「だって、目をさましたらここは消えてしまう。なくなってしまう。そうしたら、つらいことばかり見ることになるだろう」
 そんなの嫌だ、と、黒髪の少年は茶髪の少年を見もせずに言った。
 「……それ、だれが言ったんだ?」
 頑なな黒髪の少年に、茶髪の少年も負けじと声をかけ続ける。
 せめてこちらを振り向いてくれないかな、と考えながら。
 少しだけ沈黙が続いた。黒髪の少年は、「それ」を茶髪の少年に言ってもいいのかどうか、頭の中で考えているのかも知れなかった。
 風が吹いて、がらくたの町のがらくたを、からん、と音を立てて一つ、転がした。
 「かみさま」
 黒髪の少年は、そう言った。
 「ここをくれた、かみさま」
 そうして、少年はようやく、茶髪の少年を振り返った。その表情はとても満ち足りていて、幸せそうだった。
 でもそれは満ちすぎていて、逆にどこかが壊れてしまっているように見える。

 人間なんて生き物は、みんな欲張りになるように出来ている。「足りてる」よりは「足りない」を探そうとするし、「ある」より「ない」を見ようとする。
 だからもし、目の前のこいつが人間なんだとしたら。この笑い方は、「足りすぎて」いる。そんな風に思えた。
 「つらくって、くるしくって、もう嫌だって泣いてたら、かみさまが、ここをくれたんだ。ずっと幸せでいられるところ。今日とおなじ明日が、ずっと続いていくところ」
 決して終わらない町。「好き」や「幸せ」や「楽しい」を、詰め込んで詰め込んで、ひたすら詰め込んで作られた町。
 望むものを、望んだことを、ずっとずっと繰り返している町。そして、そこにずっとこもっている、彼。

 「それって、ずっとしあわせなのか?」
 茶髪の少年が、問いかける。黒髪の少年は不思議そうに首を傾げた。
 「どうして? しあわせだよ。だって今日、しあわせだから。明日もずっと同じだ」
 ずっと、変わらない。ずっと、一緒。
 それは確かに、彼が望んだことだ。「かみさま」は、それをただただ忠実に叶えたに過ぎないのだろう。
 でもそれは、たぶんきっと、間違っている。
 「ちがう。そんなのしあわせじゃない。悠、そのかみさまも、おまえも、間違ってるよ」
 悠、と呼ばれた黒髪の少年が、信じられないものを見るような目で、茶髪の少年を見つめた。
 鳴上悠。それが、目の前に立っている、親友の名前だ。

 今日は幸せだった。でも明日はもうここにはいられない。
 今日がずっと続けばいいのに。楽しいことが、ずっとずっと終わらなければいいのに。

 小さな頃は。いや、大人になっても、もっともっと年を取っても、きっと人はそう思うことを止められない。
 悠だってきっとそうだ。
 この一年は楽しかったと、悠は言った。自分たちをかけがえのない仲間だと、思ってくれていた。
 別れたくないと、そう思ってくれているなら、そんな思い出になれたのなら、それは嬉しい。
 でもだからこそ、彼を立ち止まらせるためになんか、利用されたくない。
 だって思い出も幸せも、ぜんぜん足りないはずだ。こんなので満足なんか、俺も悠も、出来ないはずだ。

 「そとへいこう。だいじょうぶ、そこがどんな現実だって、おれがいるから」
 手をそっと差し出すと、悠は少し迷っているように視線を泳がせた。
 茶髪の少年……花村陽介は、微笑んでみせる。
 きっと彼は半分以上分かっているのだ。でもあと少しの踏ん切りがつかなくて、立ち止まったままなのだ。
 だからきっと、手を伸ばしさえすれば、掴んでくれる。
 それくらい、陽介は自分の相棒を信じていた。

 「だいじょうぶ。どこだってずっと一緒だ、相棒」

 陽介は言った。悠は今度こそ、恐る恐る、その手を伸ばして――