足立×主人公×花村。
ご都合主義三人で同棲設定。仲良し。
* * * * *
鳴上悠の料理の腕前は、ちょっとしたものだ。慣れた料理ならレシピなしで調理なんて朝飯前。既存のレシピにアレンジを加えて、なんていうのもお手の物。
しかし、料理の腕前と手先の器用さは、また別の話らしい。
「うわっ!」
ばさっ、という何かが落ちる音と、悠の驚いた声が両方聞こえた。キッチンの方だ。リビングでテレビを見ていた陽介は、一体どうしたと腰を上げる。
「うわ、なんだこれ!」
キッチンを覗いてみると、そこは一面の霧……じゃなく、胡椒が広がっていた。
地面にはざらーっと零れた胡椒が散らばっているし、空中にも細かい粒が舞い上がってしまっている。意図せず吸い込むと、途端に鼻がむずむずし始めた。
悠はその大惨事の中央で、おろおろと零れた胡椒をかき集めていた。
「ご、ごめん……! 詰替用の胡椒……入れようとして、失敗したっ……」
言いながら、悠はくしゅくしゅとくしゃみを繰り返している。零れた胡椒を集めようとすると、また舞い上がって鼻に入る悪循環だ。胡椒を集めては袋に入れる悠だが、少し動くたびにくしゅんくしゅんとくしゃみを連発するので、なんだか笑えてしまった。
「笑うな」
「わりぃ。いや、でもさぁ」
不満げに下から睨まれた。一応謝るが、やはり口元がゆるむ。
本人にとっては笑い事ではないだろうが、微笑ましいものは微笑ましいのだから、しょうがない。
「あーあー、にしてもすげーなこれ……っくしゅ!」
しかし放っておくわけにもいかない。一緒に片づけようと身をかがめたとき、陽介からもくしゃみが一つ出た。今度は悠の方がにやりと笑う。
「ほら、罰が当たった」
「うるせーなーもう! 手ぇ動かせ!」
なんて言いながら暫く二人で胡椒を片づけていたが、面白いくらいにくしゃみが止まらない。
「おま、なんだってこんなでっかい詰替用買ったんだよ……っくし!」
「だって、っくしゅ! 何かと入り用で。今日の夕飯にも使おうと……っくしゅん!」
ようやく胡椒を全部片づけ終わり、掃除機を持ち出して来るまでに、何回くしゃみをしたか分からなかった。片づけにというよりは、くしゃみのせいで無駄な体力を奪われた気がする。
「疲れた……っくしゅん!」
最後のひとつ、と言わんばかりに陽介がくしゃみをすると、悠が隣でふっと笑った。
「だーかーらー、笑うな」
「ごめん。だって、あんなにくしゃみしたの、初めてだ。ふふっ」
「……まあ、確かに。一生分したかもな」
お互いのくしゃみも一生分見たかも知れない。思い返すと、二人で向かい合ってくしゃみし続けながら掃除をしていたのだ。なんだか笑える光景だった。
気が付くと、悠の隣で陽介も笑っていた。
「何やってんの、君らは」
その時、呆れたような声でそう言われて、頭に何かがふわりと落ちてきた。二人で上を見上げるとそれはバスタオルで、その更に上には苦笑した足立が立っていた。
「二人でくしゃみしまくってたと思ったら、笑ってるし」
「見てたんですか、手伝わずに? 酷いですね」
「キッチンは君担当でしょ」
意地悪く見上げた悠を、足立はさらっと一蹴してみせた。
「そんなことよりほら、二人とも頭真っ白だよ。さっさと風呂行く」
「え、嘘!? 頭胡椒まみれ!?」
陽介がバスタオルを被ったまま猛然と立ち上がった。悠もそれに引きずられるように立ち上がる。
今日の夕飯メニューは、胡椒の要らないものに変更。なくても。俺だけはお前を守ってやる。