自宅主人公・神谷奏太。
主人公と笙悟の話。シャドウナイフ戦直後、ランドマークタワー。
* * * * *
世界には持つものと持たざるものがいる。それがこの世の現実で、その事実は簡単にはひっくり返らない。しかし、その事実は悲観すべきものではなく、良くも悪くもただの事実だ。
持つものは、持つものとして。持たざるものは、持たざるものとして。等価値な世界のピースとして、最善を尽くして生きるのみ。
かつて、訓練所で自分を担当した教官は、繰り返しそう奏太に説いた。
『持つものは、持つものの責任を果たさなければならない』
そうやって世界は回っているのだ。そう教官は言った。
『大いなる力には、大いなる責任が伴う』。持つものとして、その力を得たのなら、それに伴う結果には責任を負うのが世界のルールだ。
たとえ、どんな結果が目の前に突き付けられたとしても――その結果が、誰かの「死」であってもだ。
『その力がもたらした結果から逃げることは、許されない』
たとえ、いつかその責任の重さに押しつぶされ、自分が倒れる日が来るとしても。
やれる者が、やるのだ。背負える者が、背負うのだ。
ランドマークタワー、上層。
剣戟と怒号の中、神谷奏太は疲労を振り切り、懸命に銃口を上げて迫りくるデジヘッドに狙いを定め引き金を引く。
「走れ! とにかく下に向かうんだ!」
叫ぶようにそう言って、帰宅部の面々を背中にかばい前に出る。しかし、全員の動きは鈍く、なかなか前に進まなかった。
刃。銃。あらゆる武器が、「死」を……先ほど、この塔の頂上から自由落下した「彼」を、思い起こさせる。それが全員の足を鈍らせていた。
自分たちのしてきたことが、誰かの命を奪うことに繋がる。そんな経験をしたことのある人間は、この現代社会でそう多くはないだろう。無理もないと奏太は思う。
もちろん、彼ら帰宅部が彼を直接的に殺したわけではない。けれど、当人たちにとって、そんなことはさしたる問題ではないのだ。
問題なのは、直接的だろうと間接的だろうと、彼の死の責任が自分たちにある、と認識することそのもの。そしてそれは、あながち全て間違いではない。
「あっ」
がくり、と何かに躓いたのか、鈴奈がくずおれる。それを素早く抱きかかえ、立たせた。
「立って! 止まらないで、そのまま行くんだ!」
「は、はい……っ」
慰めやいたわりよりも先に行動を促す。決して勝てない相手ではない。しかし、今は戦ってはいけない。戦意喪失した状態で戦いを挑めば、負けるのはこちらだ。とにかく、今はこの塔を逃げ延び、安全な場所まで戻ることを考える必要がある。
その時、視界の端で刃が翻るのを見た。
「……笙悟!」
その先にいる仲間の名前を呼ぶ。そして、引き金を引いた。呼ばれた笙悟は直後にハッとなり、その眉間の間際で、デジヘッドの刃が奏太の銃弾に弾かれ軌道を変える。
「っ」
息を呑む。それだけで、笙悟は動けない。それを見越して、奏太が素早く地を蹴り、笙悟とデジヘッドの間に身を滑り込ませた。
動けない。ただ、笙悟はその光景を見下ろしている。さらさらとした黒髪が自分の目の前で揺れ、身を屈める奏太。そしてそのまま、思いっきり身をひねり、デジヘッドに強烈な膝蹴りを食らわせた。
ぐほっ、というような鈍い呻き声を残し、デジヘッドが軽く吹き飛ぶ。そして、地面に倒れたその身に向かって、奏太がダメ押しのように銃口を向けた。銃口は過たず、頭を狙う。
「はぁ、っは……」
やがてデジヘッドが黒い靄と共に姿を消すと、ようやく奏太は肩で息をした。そこまで来て、笙悟はやっと世界の時間が動き出したような気がした。
奏太が笙悟を振り返る。その目は、いつもの彼のように優しげではなく、厳しくつり上がっていた。
ああ、何か怒られるのだろうか、と笙悟は思った。ぼうっとしていた自分が悪い。それは覚悟していた。
「……笙悟」
しかし、彼の口から出たのは、そんな言葉ではなく。
「辛いなら、無理しなくていいから。もういいよ。戦わなくても」
ただ、穏やかな声の、慰めだった。奏太は表情を変えないまま、平坦な声のまま、笙悟に言う。
辛いのならば、もう武器を取らなくてもいい。そう宣言する奏太の脳裏には、ランドマークタワーの頂上で、目に見えて狼狽していた笙悟の姿が焼き付いている。
奏太には、まだ詳しい事情はわからない。それについて、笙悟に問い詰めることが正しいのかもわからない。ただ、この場所で彼にとても辛いことが起こったということだけが真実だ。
「奏太」
何か言おうとしたのか、笙悟が驚いた顔で奏太を見ていた。奏太はそれには反応せず、繰り返す。
「もう戦わなくてもいい。僕が戦うから。君みたいな人を守るために――僕がいるんだから」
その力があるのなら、その力を持った責任を、果たすのだ。
現実でも、メビウスでも、それが奏太の役目だった。