自宅主人公・日暮白夜。
鍵介×主人公←カギP。
#カリギュラ版深夜の文字書き60分1本勝負
2017鍵介誕生日記念その2。
「………………」
ぺったりと。ショウウィンドウに張り付くように中を覗き込んでいる少年。
切れ長の瞳に濡れたような黒い髪。整った顔立ちをしながらも、表情に乏しい彼の名前は、日暮白夜という。
白夜は一人、パピコの雑貨店の前に立ち、ショウウィンドウの中身を身長に品定めしているところだった。そのあまりに真剣な様子に、街ゆく学生たちが何人か怪訝な表情で白夜を見ているが、彼は全く気付いていない。
「……どっちが好きかな」
やっとショウウィンドウから身体を離し、ぽつりとつぶやく。相変わらず無表情だが、彼を良く知る友人が見れば、彼が悩んでいることがわかるだろう。
ショウウィンドウの中には、注目アイテム! とポップされた品物が二つ。そう。やっと二つまで絞ったのだ。
「(誕生日プレゼントなんか、あげたことないし……鍵介って、何が好きなんだろう)」
はあ、と小さくため息をつく。そう言って見下ろしたスマートフォンの検索履歴は、「高校生 プレゼント」とか「誕生日 彼氏 プレゼント」とか、似たようなもので埋め尽くされている。
「(彼氏……)」
その言葉を自分で見返した瞬間、なんだか異様に恥ずかしくなって、意味もなくそのまま頭をショウウィンドウにぶつけた。ゴン、とわりと痛そうな音がして、通りがかった学生がびくっと身を震わせるが、白夜の方はそれどころではない。
そう。彼氏。響鍵介は彼氏なのだ。いわゆる、二人はお付き合いをしているのだ。そしてあと数日もしないうちに、付き合い始めてから初の、彼氏の誕生日がやってくる。プレゼントを渡すのは当然ながら、相応しいものをと考え続け、早三日目が終わろうとしている。
眼鏡をしているのだし、眼鏡ケースの方が。いや、でも(少なくともメビウスでは)学生だし、無難に筆記用具……万年筆にするか。というか、そもそもこのセレクトは大丈夫なのか? 高校生の恋人が高校生に贈るものとしてはおかしくないのか?
考えれば考えるほど、ぐるぐると情報だけが空回りする。しまいにはどの案もおかしいような気がしてきて、白夜は肩を落として踵を返した。
「(また明日、考えよう……)」
そうやってもう何日も、プレゼント選びは先延ばしにされている。
* * *
「プレゼントですか? 僕に?」
鍵介はきょとん、とした顔で、白夜を見つめていた。男性にしては少し線の細い方に入る、甘い顔つきの彼。もう見慣れたはずのその顔を見つめ返せないほど、白夜は緊張して前後不覚だった。
「い、いろいろ、悩んだけど……これにした」
ラッピングされたプレゼントをずい、と前に出し、言う。噛むしつっかえるし散々だが、鍵介はさして気にしていないようだからまだましだ。
「ありがとうございます、先輩。嬉しいです」
にっこりと微笑む鍵介を、そうっと見上げる。
ああ、普段は意地悪だったり、素直じゃなかったりするけれど、時々こういう風に無邪気なのはずるい――心からそう思う。そして、鍵介が白夜の手から箱を取ろうとしたその瞬間。
「先輩、『僕も』誕生日なんですけど」
声が、白夜の背中側から聞こえてきた。
「えっ? うわぁっ」
思わず振り返ろうとした白夜を、軽い衝撃が制する。誰かが肩に覆いかぶさるように、抱き付いてきていた。耳元でくすくすと、屈託のない笑い声が響いている。
「響鍵介の誕生日なら、僕だってお祝いされてしかるべきですよね? ね、先輩」
「え、な……? カギP……っ?」
なんとか首だけで振り返り、その姿を確認して、白夜は飛び上がるかと思うほど驚いた。
鍵介と全く同じ顔、しかし仕草も口調も幾分か幼い。彼はかつての響鍵介であり、白夜が現実にいた頃から憧れていた、オスティナートの楽士であった。
「なんで、いるんだ」
白夜が焦った様子で尋ねると、カギPはやはり無邪気に笑みを浮かべて答える。
「そんなのどうだっていいじゃないですか。この世界、残滓とか色々ありますし。ね? そのプレゼント、僕にですか? 嬉しいなぁ」
「……どうでもいいんですけど、先輩から離れてくれます?」
今度は正面から、今度は明らかに不機嫌そうな鍵介の声が聞こえてきた。眼鏡の向こうにある目が、もう完全に据わっている。恋人に目の前でちょっかいを出されて気持ちのいい男はいないだろうが、その相手が過去の自分、しかも黒歴史であるなら尚更なのだろう。
「先輩は、僕に、買ってきてくれたんです。お前にじゃない」
「先輩は『鍵介』に買ってきてくれたんですよ? なら僕だってもらう権利があるはずですよね? そもそも、先輩が現実世界から好きだったのは僕の方だと思うんですけど」
「屁理屈だ! 先輩と付き合ってるのは僕なんですから、僕のです!」
「ええ? 先輩、寄りにもよってこんなのと付き合っちゃったんですか? 今からでも遅くありませんから、僕と告白からやり直しません?」
……などなど。言い合いは延々と続いている。
鍵介は元々よく口が回るほうで、白夜は正反対に思考も口調もゆっくりだ。もう半分くらいから、何を言われているのか頭が処理しきれていない。とにかく、白夜が用意したプレゼントが原因で、二人が言い争っていることだけはわかるくらいだ。
「二人とも、とりあえず、落ち着いて」
なんとかそう言ってみたところ、鍵介とカギPが一斉に白夜を見た。
ああまずい、矛先がこっちに。
『先輩、結局どっちにくれるんですか!』
* * *
ゴン、と。頭に鈍い衝撃が走り、意識が覚醒した。
「…………いたい」
思わずそう呟いて、目をしばたく。ちゅんちゅん、と窓の外から鳥の鳴き声がして、ベッドの上ではでスマートフォンのアラームが鳴っていた。白夜は少し考えて辺りを見渡し、自分がベッドから盛大に落ちたことに気付く。
「ゆめ……」
ベッドから落ちた体勢のまま、心の底から安堵のため息をつく。しばらくそのままぼうっとしていたが、やがてのそのそと起き上がり、スマートフォンのアラームを切った。そのままカレンダーを表示させる。
二月二十七日。今日が彼の誕生日だった。
白夜は無言でその日付を見つめて、それから、やっと身支度を始める。今日の行き先はもう決まった。
そうして、鍵介の手には二種類のプレゼントが渡された。
「カギPのぶんも」と白夜がその二つを差し出したとき、鍵介はしばらくぽかーんと口を開け、それからあまりのことに笑い出したことも付け加えておく。
「人の誕生日に、なんて夢を見てるんですか、先輩は。しかもそれで、わざわざ二個もプレゼント用意するって」
くすくす、とまた思い出し笑う鍵介に、白夜は少し不満げに俯いた。
「カギPは昔好きだった人で、鍵介は今好きな人なんだから……別に、二つあっても、いいんだ」
「まあ、貰う側としては、好きな人からたくさんもらえるのは嬉しいですけどね」
ちょっとからかっただけじゃないですか、と鍵介は悪戯っぽく言う。白夜は釈然としなくて、ふいっと視線を逸らして見せた。
「それに、そんな夢を選んで見たわけじゃない。鍵介が二人も出てくる夢なんて……」
そうして不満げながら、今朝の夢をまた思い返して。思い出すにつれて、白夜はどんどん神妙な顔になる。
よくよく考えてみれば。正面には鍵介、背中にはカギP、なんて。
「……いい夢だった」
「いい夢なんですか!? 先輩! それはちょっと聞き捨てならないんですけど!?」
先ほどまで意地悪だった表情はどこへやら。鍵介が血相を変えてそう言ったのが可笑しくて、白夜は微笑むのだった。
ハッピーバースデイ、今も昔も大好きな人。