自宅主人公・神谷奏太。
主人公×鍵介。
エンディング後、現実で同棲している二人の話。
十二月。クリスマスも過ぎて年の瀬が迫るこの時期、街の雰囲気はどこか急いたものになる。「師も走る」から師走、なんて呼ばれるくらいなのだから、当たり前なのかもしれない。
しかし、今朝の鍵介は悠々と寝坊を決め込んでいた。
なんということはない。今日はバイトも学校も休みで、久々の全休なのだ。
実家にいれば「寝てばかりいないで起きなさい」と咎められるだろうが、家を離れて暮らすようになってからは、その心配も無い。
「んん……」
暖かな布団の中で寝返りを打つと、肩がはみ出した。十二月の気温が容赦なく、薄着の肩を苛む。
……さむい。シーツをぐいと引き上げたが、シーツが何かに引っかかっているようだ。
いったいなんだろう、と思い、ようやく薄目を開けた。そのとき、ぽかぽかと暖かかったはずの腹の辺りに、突然「ひやり」としたものが触れる。
「ぅわひゃい!?」
思わず変な声を出してしまい、飛び起きた。
なんだ、いま、何か凄く冷たいものがお腹に!
そう思って布団をめくると、そこには鍵介の腰辺りにしがみついて、眠そうな目をした奏太がいた。
「んん……さむい……けんすけ、布団戻して」
「ちょっ、先輩! やめてください急に潜り込むの! あと、急に触るのもっ」
「……今から、けんすけに、触ります」
「遅い!」
まだ半分寝ているのか、鍵介の言葉にも、奏太は生返事を返すばかりで要領を得た返事をしない。
「とにかくさむい」
「先輩、僕の話聞いてませんね……うわっ」
奏太はうわごとのように「さむい」と繰り返し、しまいには鍵介から布団を奪い取ると、それで鍵介と自分を覆ってしまった。そのまま、鍵介を押し倒す形でベッドに倒れ込む。
「先輩、ほんと、いい加減にしてください。あと、重い」
奏太の胸の下で、鍵介が絞り出すような声で言った。奏太は全く聞いていないようで、鍵介をぎゅうぎゅうと抱きしめるばかりである。
「さむい……世の中寒すぎる。あったまることをしよう、鍵介」
「セクハラですよ」
「えっ……嫌なの」
「い、いや、そうじゃありません、別に先輩とするのが嫌ってわけじゃないですけど……ぅわひぁッ、や、やめ、やめなさい!!!」
一瞬本気で悲しそうに言った奏太に気圧された鍵介だが、次の瞬間、「よしきた」とばかりに寝間着の下に手を入れ、撫で始めた奏太の頭をべしべしと叩く。
神谷奏太は、非の打ち所がない完璧超人である。しかし、極度の冷え性で寒がりでもあった。
彼と同棲を始めてからそのことを知った鍵介だったが、最初は「へえ、大変ですね」という印象しかもたなかった。
しかし二人で暮らし始め、最初の冬が訪れたとき。その認識があまりに甘かったことを思い知らされたのである。
いつもは鍵介より早起きをして朝の支度をする奏太が、冬に突入した瞬間、鍵介が何度起こしても起きなくなった。鍵介が布団を無理矢理はがすと、ようやく起き出してストーブの前に直行する。
そして、鍵介も奏太も休日で、起こす必要が無いときは、こうやって鍵介「で」暖を取りに来るからもっとタチが悪い。……まあ、お互い好き合って同棲している仲でもあるので、単に鍵介に触りたい、というのもあるのだろうが……冷えきった指で、寝起きに突然触られるのは、正直とてもびっくりする。鍵介としては止めていただきたい。
「まったく。寒いの苦手なくせに、先輩が暖房費をケチるからですよ! ストーブだってもっと大きいのを買えばよかったんです!」
「だって高いんだよ……」
「言い訳は聞きません」
鍵介はなんとか奏太の下から這い出し、布団を没収してたたき起こした。そのままいつものようにストーブ前に直行した奏太を追いかけて、蕩々と説教を始める。
奏太はやっと頭がすっきりしてきたらしく、申し訳なさそうな顔でうなだれていた。
大きくため息をついて、鍵介は朝食の支度をするべく台所へと引っ込んだ。水をポットに入れ、ガスに火を入れてお湯を沸かし始める。
……同棲し始めて、初めての冬。最初は何でも一人でこなしてしまう奏太に引け目を感じたり、頼ってくれない奏太をもどかしく思ったりもした。時間が経つにつれてそれも少しずつ解消し、奏太が鍵介に甘えてくれるようになったのは、正直に嬉しいし、進歩だ。
朝のこういったやりとりも、その一環だと思えば、まあ、嬉しい、と思う。
「(けど、このままじゃ冬を越せない気がしてきた……)」
台所からちらり、と奏太の方を見る。申し訳程度の小さなストーブに、奏太がぎりぎりまで身を寄せている光景は、可愛らしいとも言えるが、不毛にも思える。
あのストーブは、この冬に新しく買い換えた新品である。前の年に使っていたものが壊れた、と奏太が秋口に言ってきて、二人で買いに出たものだ。
その際、値段が高いことを理由に、奏太がケチって小さいものを買ってしまったのである。あのときもっと強く主張していれば……と鍵介は後悔するが、もう遅い。あのときは、まさか奏太の寒がりがここまでとは思っていなかったのである。
奏太はいちおうアルバイトと「仕事」をしているし、収入はある。鍵介も学生だが、空いた時間にアルバイトを入れて、生活費も入れている。が、決して高収入ではない。ストーブをもう一度買い換えるというのは、さすがにもったいない。
……というか、奏太の「仕事」は不定期とはいえ、その性質上、給料+危険手当も付くはずなのだが。いったいどこに消えているのだろう……いや、あまり考えない方が良いような気がする。
そのとき、しゅんしゅん、とお湯が沸いた音が聞こえてきた。
「なんか良い案はないかな……」
沸いたお湯でお茶とコーヒーを煎れながら、鍵介はひとりごちたのだった。
***
「そういうわけで、代案です」
数日後。鍵介は神妙な顔つきで「それ」を奏太に手渡した。奏太は手渡された「それ」をまじまじと見つめ、それから懐疑的な目をして鍵介を見る。
「……本当にあったまるの、これ」
「れ、レビューによると、あったかいらしいです。それはもう」
「ええー……?」
全く信用されていないようだ。
奏太が手にしているのは、いわゆる「着る毛布」というやつで、最近ちまたで「着るだけで暖かい」と評判の寝間着である。その名前の通り、寝具として使われる毛布生地を寝間着に仕立てたものだ。
ストーブを買い換えるよりは断然安く、かつネット上の評判は上々だったので、奏太を説得して購入してみたのである。しかし、奏太は実物を前に疑惑の目を向けている。
「とにかく、せっかく買ったんだし、着てみたらいいじゃないですか。ほら、その悲しくなる小さいストーブから離れて」
「うう……」
鍵介に説得され、奏太はまるで親から引き離される子供のような目でストーブを見つめながら、その「着る毛布」というのを羽織ってみた。
「あ、あったかいかも」
おお、と少し感嘆の声をあげ、奏太はそのまま着る毛布にくるまっていた。
これで満足してくれると良いけどなあ、と重いながら、鍵介はそのまましばらく放置してみることにする。どうでもいいが、なんだか新種の寒さに弱い生き物を飼っているような気分だ。ある意味間違ってはいない。
……そして数十分後。
「……あったかい……」
そこには、満足げに「着る毛布」にくるまり、もこもこしている奏太の姿があった。
どうやら同棲相手の新種の生き物(寒さに弱い)は満足してくれたようだ。
丸くなって幸せそうにしている姿は、なんだか猫みたいだなあ、と思う。そのままソファに寝そべって、眠ってしまいそうな雰囲気だ。
なるほど、幸せそうだ。うらやましいくらいに。毎朝冷たい手にたたき起こされる鍵介も報われるというものだ。
「………………えい」
しかし、なんだかその姿を見ているといたずら心が芽生えて、鍵介は冷えた自分の手を奏太の首筋に当ててみた。
ぅわひゃぁい!? と、いつだったか聞いたこのある悲鳴をあげて、奏太が飛び起きる。ささやかな復讐心を満たすとなんだか笑えてきて、そのまましばらく声を上げて笑ってしまった。