1/14大阪インテにて配布した無配SSです。
「水底で恋する夢を見て」の後日談。
鍵介×主人公(日暮白夜)。
エンディング後、現実で再会する二人の小話です。
スペースまで足をお運び頂き、ありがとうございます。
祝・カリギュラプチオンリー開催!
同じ人に何回も恋をすることは、あり得るのだろうか。
「ええと、先輩、ですよね」
人でごった返す駅前。雑踏と喧噪に溢れたそこで、そう呼ばれたときだけ、音が遠くなったように錯覚した。
人は、本当に見たいものと聞きたいものには敏いのだ。なんて素直で、わかりやすい生き物だろう。
「……はい」
やっとのことで絞り出した声でそう答え、彼を見上げる。
そう、見上げるのだ。現実での「私」は彼よりも背が低く、声も高くなっていた。
襟足が少し長く、ふんわりとした髪。優しげな甘い瞳、すらりとした手足。少し大人びたくらいで、メビウスでの姿とそう変わらない「彼」とは全く違って――そのことに、少しだけ焦りもしていた。
「あのとき」とはまるで違う「私」を、彼はどう思うだろうか。やはり、がっかりしているだろうか。
「よかった。僕です、鍵介です」
しかし、彼……鍵介は、次の瞬間、ほっとしたように破顔した。
思わず黙り込んでしまった私を心配してか、鍵介が「わかります、よね?」と、少し不安げにそう言う。慌てて頷いた。
……そうするのが精一杯だった。今日まで何を話すか考え続けてきたのに、何一つ言葉にできない。
「(鍵介だ)」
顔が熱い。ただ、こうやって正面に立って、彼の顔を見上げているだけなのに。緊張と恥ずかしさが波のように押し寄せて、考える力を全部さらってしまう。
また会えた。それを実感するだけで、泣きそうになる。
だめだ、せっかく会えたのに。せっかくもう一度会えたのに、こんなんじゃ。
メビウスでの出来事を経て。本当に色んなことがあった。
意識を取り戻してまずは、メビウスで過ごした記憶が残っていたことにほっとした。
メビウスで使っていたWIREなどの連絡先もそのまま残っていたが、現実の私は携帯電話を持っていなかったから、まず帰宅部のみんなと連絡を取るのに一苦労。
最終的には、WIREのIDとパスワードを覚えていたから、アリアに自宅のパソコンまで来てもらい、事なきを得た。
そのあと、色々な手続きや外からの助けもあり、なんとか私が家を出る段取りが出来た頃には、もう半年以上が経過していた。
今月末の休みに、帰宅部のメンバー全員と会う約束になっている。メビウスで約束した、シーパライソへみんなで遊びに行くという話だ。私の事情で、みんなを長く待たせてしまったのは心苦しいが、やっと実現するのだと思うと嬉しい。
『それより少し先に、二人で会いませんか。先輩が嫌じゃなければ』
電話でその話をしていたら、少し緊張した声色で、鍵介からそう言ってくれたのだった。
『……うん。会いたい』
答えた私の声も、同じくらい強ばっていたと思う。
それは、やっと会えるのだという期待と、いよいよ会わなければならないのだという不安と。その二つが複雑に混ざり合った、複雑な気持ちだった。
「帰宅部の部長だった日暮白夜」とは違う「私」を、もう一度、好きになってもらえる保証なんて無い、とか。
この姿を見られたら、やっぱり嫌われるんじゃないか、とか。
今日まで色々と考えた。不安にも思ったし、逃げ出したい気持ちにもなった。
けれど、今この瞬間、全ては吹き飛んでいた。ただただ、また会えたのだ、ちゃんと二人、無事に現実へ帰ってきたのだという実感が襲ってきて、動けずにいる。
「……なんか、だめですね」
そのとき、鍵介が言った。
「いっぱい、言おうと思ってたことがあったはずなんですけど……なんか、先輩の顔見たら、全部吹き飛びました」
やっぱりだめだなあ、と鍵介は、照れくさそうに私から視線を逸らす。背が高くなり、大人びても、その仕草はメビウスで見たそれと全く同じだった。
「……私も」
正直、ほっとした。すると、鍵介は少しだけ目を見開いてから、また照れくさそうに、そして少しだけいたずらっぽく言う。
「あは、やっぱり、僕ら一緒なんですね」
私はその言葉に、思わず頬が緩むのを感じた。
そう、一緒だ。私も彼も、どう思われようとか、こうしなければとか、そういう気持ちとは、たぶん相性が悪い。
多少不格好でも、つまづいても、気負わずに出来ることをするしかない。メビウスでも、現実でも、それは同じなのだった。
「先輩に、もう一回会えたら、聞きたかったことがあったんです」
いくぶんか緊張のほどけた表情で、鍵介が言った。私はなんの話か先が見えず、無言で先を促す。
「あのとき、何を言おうとしたのか。最後、言いかけたでしょう、また会えたら、そのときは――って」
ああ。そんなこと、言ったっけ。鍵介に言われて思い出し、思わず顔が顔が熱くなる。
メビウスで二人きり、最後に過ごした夜のことだ。鍵介に思いを伝え、そのまま感極まって泣いてしまって、それ以上言葉が続かなかったのだ。
あのときの私は、鍵介に、わがままを言おうとした。
「そのときは……また私を、好きになって、ほしいって」
メビウスでの二人ではなく、現実での二人として。もう一度、一から始めようと言っておいて、あまりに未練がましい。だから言えなかった。
そして何より、自分と鍵介を、信じたかった。そんな我が儘じみた約束なんてなくても、またちゃんと始められると、思いたかった。
けれどそれを全部言葉にするのは難しく、改めて口にすると、なんだか不相応に夢を見た発言に思えて、恥ずかしい。
「はい。何回でも」
知らずに俯いていたらしい。気がつくと、視界には自分の靴と地面ばかりが映っていた。そして、鍵介の声が頭上から降ってくる。
思わず顔を上げたら、満面の笑みの鍵介がそこにいた。やはり少し照れくさそうに微笑んで、まっすぐに私を見つめて、その手をこちらに差し伸べている。
ああそうだ。私もだ。
きっと何回でも、この人と恋に落ちるだろう。少なくとも今はそう思える。
「とりあえず、先輩の本当の名前を教えてください」
改めて、よろしくお願いします、と言った彼を見上げて、頷く。
その日、私は確かに、二度目の恋に落ちたのだ。
* * *
眞白、と聞き慣れた声に呼ばれて、目を開けた。まだ視界はぼんやりとしていて、眠気を引きずっている。
もう少し眠っていたい。とても気持ち良くうたた寝していたのに。
しかし、私を呼ぶ声はそれを許してはくれず、なおも緩やかに体を揺さぶっている。
「そろそろ起きて。片付かない」
「んー……」
「おーい。僕一人にやらせるつもり?」
なおも往生際悪く唸って寝返りを打つと、その声はほんのりと呆れを含む。
さすがに起きないと怒られそうだ。私は何回か瞬きして、顔を上げる。
「鍵介」
「はい、おはよう、眞白」
彼の名前を呼ぶと、鍵介は苦笑して私の頭を優しく叩いた。その手に自分の手を伸ばし、指を絡める。
二人で引っ越してきたばかりの部屋はまだがらんとしていて、あちこちに段ボールが開いたまま散乱している。まだまだやることだらけで途方に暮れるが、それも二人なら楽しみだ。
「夢を見てた……鍵介を、二回目に好きになったときのこと」
絡めた指を、やんわりと握りながらそう言うと、鍵介はなんとなくなんの話か分かったらしい。少しむずがゆそうな顔をした。
「あのとき、思ったんだ」
その表情を、ああ、いとおしいなあ、と思う。
「運命の人って、こういうことを言うんだって」
何度出会っても、きっと好きになる。何回でも、きっと懲りずに恋をする。
そう言うと、鍵介は少しだけ真面目な顔になって、それから。あの日のように、ふんわりと笑って見せてくれた。
「……そうかもね」
鍵介の方からも、私の指を握ってくれる。暖かい。心地良い。大好きな人と二人でいるだけで、こんなにも幸せだ。
二人でそのまま、少しの間笑い合って――それから、示し合わせたように、ゆっくりと唇を重ねた。