自宅主人公・日暮白夜。
鍵介×主人公。
メビウス内での小話。たぶん罪滅ぼししてるときくらい。
花壇に花が咲いていた。細長く白い花びらをいっぱいにつけた、可愛らしい花だった。よく見かける花だが、名前は知らない。
白夜が傍にあった時計を見上げると、待ち人が来るまでにはあと少し時間がある。だから花壇のへりに腰掛けて、その花をぼんやり眺めていた。
現実を認識した人間には、メビウスの生き物はノイズがかって見える。しかし、草花などはその範疇ではないらしい。
目を覚ます前と後。その境界をまたいでも尚、変わらないもののひとつだ。……もっとも、見た目に異常がないだけで、その本質はデータであり、ノイズまみれの生き物と変わらないのかもしれない――そんなことまで考えるとぞっとしないが。
白夜はその花を一本、そっと手折った。細長い茎は殆ど抵抗もなく折れ、ぷちりと音を立てて千切れる。
「すき」
誰にも聞こえないほど小さい声で、ぽつりとつぶやき、花びらを一枚千切る。
「きらい、すき」
もう一枚。さらにもう一枚。細く白い指先が花びらをつまんでは引っ張り、軽い手応えのあとに千切って捨てる。
ひらひらと、「すき」と「きらい」と名付けられた花の残骸が、足元に散らばっていく。降り積もる。
「すき――」
ようやく花びらが無くなってきて、そこで白夜は言葉を止める。さっき千切った「すき」の花びらが、ひらひらと手を離れて落ちていった。
大きくため息をついて、自分の手の中の花を見下ろす。
「(何やってるんだろう。……可哀想なことをしてしまった)」
残る花びらはあと一枚。この根拠も何もない遊びのルールによると、これは「きらい」の花びらだ。そこでふっと我に返って、落ち込んでいる自分に気付く。
そのとき、白夜の視界に影が差した。顔を上げると、そこには何とも言えない顔をした待ち人の姿がある。
「何してるんですか」
「……鍵介」
鍵介は白夜の顔と手の中の花の残骸を見比べ、形容しがたい表情をしていた。
「少し……暇つぶし」
気恥ずかしくなって、俯いてそう返す。鍵介は「そうですか」と相槌を打った。
「花占いなんて、ほんと先輩は古風ですね」
言って、鍵介の指が花びらに伸びてきた。白夜の指とは違う指だ。細く、白いけれど、違う指。その指先がそっと最後の花びらを引っ張って、千切った。
「相手は、聞かない方がいいですかね?」
意地悪気にそう笑い、鍵介は言う。白夜は何も答えることが出来ず、俯いて無言を貫いた。
……この場合、結果はどうなるのだろう。そんなことばかり考えていた。
「とにかくお待たせしました。行きましょう」
そう言われて頷いて、立ち上がる。
駆けだした白夜の足元で、「すき」と「きらい」が風にあおられ、混ざってどこかへ飛んで行った。