自宅主人公・日暮白夜。
鍵介×主人公。
「先輩、それ、替えた方がいいですよ」
危なっかしい指先を見て、鍵介は耐えきれずそう忠告した。
忠告された相手、帰宅部部長の日暮白夜は、相変わらず表情に乏しい様子で鍵介を見て、首をかしげる。
その右手にはカッター。部室の机には作業用のマットと、色とりどりの画用紙が広げられている。文化祭の準備で、飾り付け用の画用紙を切っているのだという。白夜は文化祭の実行委員なので、誰かに頼まれたのだろう。
それ自体は良い。だが、白夜が「借りてきた」というカッターはいかにも年季が入っており、切れ味も悪かった。それでも白夜がぐいぐいと力任せに切っていくものだから、手元が震えて危なっかしいったらない。
「替える……刃を?」
白夜が作業の手を止め、自分の握っているカッターをじいっと見た。
「そうです。なんていうか、今のままだと危なっかしくて、僕が怖いんで……それ、刃を折って替えれるやつでしょう」
お願いします、と鍵介は苦笑した。白夜は承諾したのか返事はなかったが、作業を中断したので、言うことを聞いてくれるつもりなのだろう。とりあえずほっとした。
「まだかかりそうですか」
そう尋ねると、「うん」と短い返事が返ってきた。実行委員も大変だ。
「なら、休憩しましょう。飲み物でも買ってきますよ」
「……ありがとう」
平坦な中にも少し喜色の混じった声が返ってきて、鍵介も少しだけ心が弾んだ。いえいえ、とか返事を返して、部室を出る。
そうして十分もしないうちに、飲み物を買って帰ってきたのだが。
「先輩?」
そこには、部室を出た時と全く同じ体勢で、カッターの刃を見つめる白夜の姿があった。
「鍵介……あの」
表情は相変わらず変化に乏しい。しかしほんの少し、ほんの少しだが、縋るような色を含んでいる。
ああ、と、何かを察して、鍵介は思わず苦笑した。飲み物を机に置いて、白夜の隣に立つ。
「刃、替え方わかんなかったりします?」
「…………やったこと、ない」
蚊の鳴くような声で言って、うなずいた。貸してください、と言うと、素直にカッターを渡してくる。
「ごめん、なんか、世間知らずで」
「ほんとですね。意外です」
あはは、と何でもないことのように、あえて笑い飛ばす。ぱきん、と小さい音を立て、手元でカッターの刃が折れた。
「でも、こんな小さなことで頼ってくれるんですから、僕は案外喜んでるんですよ、先輩」