自宅主人公・日暮白夜。
鍵介×主人公。
マロングラッセが食べたい主人公の話。
彼の、メニューを見る目があんまりにもきらきらしていたので、思わず言った。
「あの、先輩。デザートつけてもいいですよ」
「えっ!」
鍵介の声でやっと我に返ったらしい白夜は、普段の様子からは考えられないほどうろたえた。
喜色と戸惑いの入り混じった、その「えっ」があまりにも年相応で、思わず微笑んでしまう。
二人で出かけた昼下がりのことである。なんてことのない散歩、というかいわゆるデートだ。
メビウスの中にある施設も場所も現実に比べれば限りはあるが、人々が現実を忘れるために作られた場所というだけのことはあり、娯楽施設を探す分には全く困らない。
シーパライソのような遊園地はもちろん、中にはお洒落な喫茶店のような場所もたくさんある。
そんな、カップルや若者が集まるカフェでの出来事だった。
「い、いや、それは、その……いいよ、別に……」
「あんなに真剣にデザートメニューを見てる人の発言とは思えませんね?」
いたずらっぽくそうからかうと、白夜は白い頬をほんのりと赤く染め、恥ずかしそうに俯いた。
「そんなに、真剣には」
「見てましたよ。それはもう。観念してください」
後押ししてやると、「うう」と唸ってますます顔を赤らめた。そして、メニューをぱたんと開いて鍵介に見せる。
「その、これ、食べてみたいなって、ずっと思ってて」
そう言って白夜が指さしたのは、パウンドケーキだった。
写真だが、ふんわりと膨らんだ卵色の生地と、そこに埋まる金色の粒。そして添えられたきめの細かいクリームが、なんとも美味しそうなお菓子だった。
「栗のパウンドケーキですか?」
「そう。マロン・グラッセが入ってるんだって」
マロングラッセ。聞いたことがあるような、無いような。鍵介がそんな微妙な反応だったからか、白夜はやや身を乗り出してきた。
「マロン・グラッセは栗を砂糖で煮たお菓子で、すごく手間のかかったお菓子なんだって。栗を糖度二十度の砂糖で煮て、そこから一週間もかけてゆっくり温度を上げて作るんだ。本で見て、どんなだろうってネットで画像を検索したんだ。つやつやしていて、すごく綺麗なお菓子だった。きっと甘くておいしいんだろうなってずっと思ってて……」
怒涛の勢いで語り始めた白夜を、ぽかん、として鍵介が見ている。本をはじめとする好きなことを語り出すと、たまに白夜は饒舌になる。
最近になってわかって来たが、白夜がこうやってよく話すようになるのは、なんらかの「憧れ」が強いものに対してだけだ。
特殊な事情から、現実の家からあまり外に出たことのない白夜にとって、こういったお菓子も憧れの対象なのだろう。
「あ、あと、ヨーロッパでは、男の人が女の人にマロン・グラッセを贈るときには永遠の愛を誓うんだって話、が……」
と、その辺りまで夢中で語っていたのが、急にしりすぼみになる。そしてまた、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
鍵介はしばらく表情を変えず、じいっと白夜の顔を見つめる。すると、今まで身を乗り出していた白夜が、すーっと自分の席の方に戻って行って、すとん、と腰を下ろした。
「……つまり、現実に帰ったら贈ればいいんですね」
「ち、ちがっ……いや、違わない、というか! そうじゃなくて!」
ダメ押しでそういうと、白夜はまた、面白いようにうろたえた。
その慌てっぷりと仕草が面白くて愛らしくて、悪いな、とは思いつつ、またこの先輩をからかってしまう鍵介なのだった。