自宅主人公・日暮白夜。
鍵介×主人公。
英数字さん(@c_109u)へ年賀状としてSS交換させて頂きました!
初夢を見た主人公のおはなし。R15くらい……?
どうしよう。
白夜の頭の中はその一言でいっぱいになっていた。痛いほどに心臓が脈打っている。まるでその場所にスピーカーでも埋め込んでいるかのように、鼓動の音がうるさく感じた。
夕暮れの部室。自分たち以外は誰もいない。
「先輩」
聞き慣れた声が白夜を呼ぶ。頭にもやがかかっているように、意識は曖昧でも。その声ははっきりと聞き取れた。
他の男の子より少し甘い、どこか幼さを残す声色。それがいつもよりいっそうその甘さを増し、何かをねだるような意図を含んでいる。
彼の指先が、敏感な部分を何度も何度も労るように嬲るたび、甘い痺れが全身を貫いて、体が弛緩と緊張を繰り返す。まるで操られているかのような、恐ろしく、しかし心地の良い感覚に、溺れてしまいそうだった。
こんな、放課後とはいえ、いつ誰が来るともわからない場所で、こんな行為に及んでいるなんて、信じられない。けれど、そんな状況が逆に自分も彼も煽ってしまっているようで、「やめよう」とは言い出せなかった。
断続的に与えられる刺激に息も絶え絶えになりながら、必死に彼の名前を呼び返すと、彼は微かに笑ったような気がした。愛情と情欲とが混じり合った、吐息のような笑み。
白夜と彼――鍵介の二人分の体重をかけられて、ソファが何度も、ぎし、ぎし、と細い悲鳴を上げる。
ソファと鍵介に挟まれるような形で、白夜は押し倒されている最中だった。
男性にしては小柄な鍵介だが、やはり男は男だ。鍵介よりいくらか背の高い白夜でも、ソファに押しつけられ、上から覆い被されては、逃げようが無い。
左右を見れば、まるで格子のように自分を覆う腕。そして見上げれば、どこかいたずらっぽく、艶めいた表情で白夜を見下ろす鍵介の視線に捕まっている。
「先輩、そういう顔もするんですね。……ちょっと意外」
可愛い、と鍵介に言われて、頬が熱くなる。何か言い訳をしようと口を開いたが、それも上手く言葉にならない。
「まっ……て、まって、鍵介、こんな場所で……んんっ」
「待てません」
優しい口調のまま、しかし鍵介はその行為を止めようとはしない。
「先輩にもっと触りたいです。ほら、先輩も触っていいですから。ね」
言って、鍵介は白夜の首筋に唇を寄せ、ちゅ、と音を立てて吸い付いた。その言葉通り、白夜の肌を堪能するようなゆっくりとした動きに、思わず悲鳴を上げる。
「さわ、る……?」
まるで初めて聞いた言葉のように、白夜は鍵介の言葉を繰り返した。
さわる。触れる。鍵介に。こんな風に。あの柔らかな髪に。滑らかな肌に。首筋に。こんな風に唇を寄せて、背中に手を回して、抱き寄せて。
それはなんて――幸せなことだろう。
そう思って、白夜は鍵介に向かって手を伸ばす。鍵介は、やはり優しくそれを見下ろしてくれていて――
* * *
――そこで目が覚めた。
「……………………」
耳元で鳴るアラームの音。窓の外には爽やかな日光と、鳥の鳴き声。そして見渡せば、見慣れた自室の風景が広がっている。
何度見ても、部室でもないし、当然、目の前に鍵介もいない。枕元に何冊か、文庫本と漫画が散らばっているくらいだ。
そういえば、昨日ベッドに入って本を読んでいた。そのあと記憶が無い。たぶん、読んでいるうちに寝落ちたのだろう。
「なんて、夢を……見てるんだ……」
ぼふっ、と勢いよくベッドのシーツに顔を押しつけ、白夜は呻いた。そのままぐりぐりと顔を押しつけてみるが、残念なことに記憶が消える様子は無い。
ああでも、嫌な夢じゃなかったな……と思い至り、また火が付いたように顔が熱くなる。
違う、そうじゃない。
ひとしきり熱を冷ましてから、やっと顔を上げた。そして枕元に散らばった本をかき集め、本棚に戻していく。その背表紙を見ながら、白夜はため息をついた。
「(寝る前に『源氏物語』と『スリーピング・ビューティ』を一気読みしたせいか……うう、こんなの読むんじゃなかった)」
鍵介とそう言う関係――つまり恋人同士になったこともあり、これから『ああいうこと』も勉強した方が良いと思って引っ張り出したのだが、失敗だった。思わず昨晩読んだ内容を思い出し、また顔が熱くなる。
内容が過激すぎて、結局『スリーピング・ビューティ』の方は結局読み切れてないし……
って、そうじゃない!
白夜は本を本棚に戻し終えると、再び本棚に顔を押しつけた。本の表紙を見たら、また昨晩の夢が鮮明に蘇ってくる。
「(こんなこと考えてるとか、それでまさかあんな夢まで見るなんて、そんなの知られたら……っ)」
絶対に嫌われる。だって鍵介、清楚な人が好きって言っていたし。白夜と鍵介は確かに恋人同士になったが、実際にはやっとキスをしたばかりで。「あんなこと」したこともないのに。あんな鮮明な妄想をするなんて。
……白夜はしばらく顔を本棚に押しつけたまま、自己嫌悪に陥っていた。
そうして額に背表紙のアトがくっきり残る頃になって、やっとのろのろと家を出る支度を始めたのだった。
その日の放課後。いつも通り鍵介と待ち合わせをして帰路に就いた。『部活』がない日は、このまま部室で過ごすか、街でお茶を飲むのが恒例になりつつある。
「先輩。なんか怒ってます?」
「いや、別に」
鍵介は少し言いにくそうに白夜にそう尋ねてきた。白夜は、相変わらず平坦な声で答える。
「じゃあ、なんでそんな離れて歩くんですか」
「そ、そういう気分だから」
白夜の必死の受け答えに、鍵介は「ふうん」とやはり不思議そうに相づちを打った。そして、おもむろに白夜と距離を詰めると、その右手を握る。
驚いて鍵介を見た白夜に、鍵介はいたずらっぽく笑って見せた。
「僕はこういう気分です。いいでしょう……そういう仲なんだし」
誰も見てませんよ、と言う声は少し上擦っていて、少しの緊張と高揚を感じさせる。
「このまま、部室行きましょうか」
「えっ!」
白夜が立ち止まる。鍵介はその内心を知るよしも無いのだが、さすがに過剰な反応をいぶかしんだようだ。
「……先輩、やっぱりなんかありましたね」
「な、ない」
「へーそうですか。……白状しないとこのままキスしますよ」
にっこりと笑顔を浮かべて、鍵介はあろうことか、そのまま白夜にじりじりと近づいてきた。
「だ、だ、だ、ダメだ! 誰かに見られたら!」
「だーかーらー。誰も見てませんって」
近づかれた分だけ白夜は後ずさって逃げたが、やがて壁に背中があたり、逃げ場も無くなる。そのまま息がかかるほど近くまで顔を寄せられて、もう白夜は軽くパニックだった。鍵介の手をふりほどいて逃げようとも思ったが、しっかりと捕まれていてほどけない。
これは観念するしかない。白夜は項垂れて、おそるおそる鍵介を見た。
「じ、じつは……その」
* * *
そのまま部室に移動し、白夜が今朝のことを洗いざらい白状し終わった頃には、もう夕暮れもだいぶ深まっていた。
「……はあ。その、『スリーピングなんとか』はよくわかりませんけど」
「わ、わからなくていいっ! ああいうのは思い合っているふたりでやるべきで! し、しかも、あ、あ、あんな、あんなことはまだ早い!」
ばたばたと両手と首を振って否定する白夜を見て、鍵介は(いったいどんなプレイだったんだろう……)という顔をしていたが、それ以上は追求せず、小さくため息をついた。
「ごめん……」
次に何を言われるのかが怖くて、白夜は先にそう口にしたが、鍵介は不思議そうに白夜を見ているだけだ。
「鍵介と、お付き合いできて……そのうち、そういうことだって、あるかもって……考えないわけじゃなくて、それで、たぶんあんな夢を……それで、その、なんとなく、顔を合わせづらくて」
とにかくごめん、と白夜は沈んだ声で繰り返す。鍵介はきょとんとした顔のまま、今度は堪えきれないといったように苦笑して見せた。
「なんでそこで謝るんですか、先輩は」
そして、そっと歩み寄って白夜の手を取った。また「びく」と白夜が過剰に反応するのを見て、堪えきれずにくすくすと声を上げて笑う。
「僕ら、その『思い合っているふたり』なわけですから、『そういうこと』について考えるのは当たり前なんじゃないですか。……触りたいとか。キスしたいとか。僕だって思いますよ。むしろ、先輩も同じでほっとしたくらいです」
「そうなのか」
「そうなんです。先輩は清く正しすぎなくらいです」
鍵介は白夜の手をそうっと包み込んで、そのまま自分の頬に当ててみせる。
暖かい。すべすべしていて、柔らかくて。白夜が夢で触れたいと願った、あのままの感触がした。
「好きな人に『触りたい』って思われて嫌な人なんて、そんなにいないですよ。少なくとも、僕は嫌じゃありません」
「ほんとう?」
白夜が恐る恐る尋ねると、鍵介はまたくすくすと笑ってから、「はい」と頷いた。
「よかったらどうぞ。僕から触ると、先輩はまたパニックになりそうですから。先輩が触ってください」
触る。その言葉にまた、反射的に顔が熱くなる。しかし、鍵介の頬に当てられていた手がするりと離れ、空を泳ぎ始めた。
触るって、どこを? 頭、とかだろうか。
そのままゆっくりと、手のひらを鍵介の頭に乗せる。髪の毛は柔らかくて、シャンプーの香りがして、さらさらと心地良い。
そのままゆっくりと撫でると、鍵介はどこか期待外れだったようで、しかしくすぐったそうな顔をして微笑んだ。
鍵介の頭の形に沿ってゆっくりと撫で、やがて手を下の方へ移動させていく。形の良い耳を撫で、先ほど触れた頬をもう一回なぞる。
「(鍵介、嫌じゃないかな。でも、嬉しそうだし)」
ゆっくりと。好きな人の外側をなぞっていく。この人はこんな形をしている。この人はこんなぬくもりをしている。そんなことを確かめていくように。確かめれば確かめるほど、もっと触れたくなる。
やがて、鍵介が耐えかねたように、身をよじった。
「……自分で言っといてなんですけど、やっぱ、きついですね、これ」
あは、と照れたように笑う。
「僕も先輩に触りたいです」
いいですか、と、ねだるように鍵介が白夜に言う。その言葉に心臓がまたどきりと跳ねたが、白夜は小さく頷いた。
わかるよ。好きな人に触れたい気持ち。
いいよ、と答えた白夜の言葉に、鍵介はまた嬉しそうに微笑み、その手を伸ばした。