鍵介×主人公(女)。
フライングなので名前は出てません。
遅刻しましたが鍵介誕生日記念。
朝の学校は慌ただしく、雑多な空気に満ちている。登校してきた生徒たちがそこかしこでお喋りに興じ、互いの席を行き交っていた。
響鍵介は自分の席で頬杖をつき、そんなありふれた光景をぼんやり眺めていた。
今日は一限目から現国か。面倒くさいなあ。そんなことを考えていただろうか。
そのとき、廊下からバタバタと、誰かが走って来る音が聞こえた。
メビウスには「廊下は走るな」などと口酸っぱく叱る教師はいない。いないが、それにしたって随分な全力疾走だ。よっぽど急いでいるのか。
やがて、全力疾走のバタバタが鍵介の教室前を通過する……と思ったそのとき。
「鍵介ーーーーッッッ! 響鍵介くんいますか!!!」
全力疾走は急停止し、しかももの凄い勢いで鍵介の教室のドアを開けて、あろうことかやっぱり鍵介を大声で呼び始めた。
色素の薄い柔らかな茶色の髪を短く切った少女が、きょろきょろと視線をせわしなく動かしながら、教室に入ってくる。すらりとした立ち姿の、全体的にシャープな美しさを兼ね備えた美少女だ。
しかし、その態度があまりに堂々としており、また一つ一つの挙動が大きく、乱暴というか男っぽい印象を与える。なんだかちぐはぐな印象の少女だった。
とはいえやっぱり美少女なので、当然注目が彼女に集まる。そして、その彼女が鍵介を大声で呼ぶものだから、クラス中の視線が彼女と鍵介を行き来するハメになった。
……正直、めちゃくちゃ恥ずかしい。ただでさえ彼女……「部長」は目立つのに、それに相乗効果がかかっている。
「……先輩、何ですか突然。恥ずかしいんで、あんまり大声出さないでくださいよ」
「あっ、いるじゃん鍵介! いや~探したわ~」
アンタ、迷うことなく全力疾走で僕の教室まで来たでしょうが、というツッコミはあえて言わないでおいた。
しかし、なぜこんなところに彼女がいるのだろう。鍵介は一年生、彼女は二年生。教室の場所は全く違うし、始業まではあと五分を切った。よほど急ぎの用事が鍵介にあったのか。
「というか先輩、こんな時間に一年の教室にいていいんですか? もう授業始まりますよ。連絡ならWIREでやれば……」
「ダメ! こんな大事な話、WIREでなんか出来ない!」
そう言うと、彼女は真剣な顔で鍵介の机に両手をつき、ずいっと顔を近づけた。
念のため付け加えるとやっぱり大声である。意味深な台詞と大きな挙動、近づく男女の距離に、クラスメイトがまた遠巻きにざわめいた。
ああもう目立つからせめて小声で話してくれ。それに大事な話ってなんだ? 今日という日に思い当たる節は確かにあるが、今このときこの瞬間に血相を変えるほどじゃない。
「鍵介今日誕生日なのになんで学校来てんの!?」
…………………………。
思わず、どう答えて良いか分かりかね、鍵介は沈黙してしまった。
「はぁ。まあ、その、平日だからですかね」
なんとかそう返すと、彼女はまた「信じられない」という顔をして、さらに身を乗り出してきた。
「平日だから休むんだよ! 元から休日だったら休まなくて良いでしょ!」
「何言ってんだアンタ」
「今からでも遅くない! 帰ってパーティしようぜ!!!」
「いやもうホントに何言ってんだアンタ!!!」
しかし鍵介の突っ込みは聞こえていないらしく、彼女は鍵介の腕をむんずと掴むと、そのままぐいぐいと引っ張って行ってしまう。
「ちょっ、先輩、先輩!? 本気なんですか!?」
悲鳴じみた声をあげる鍵介を全く振り返らず、彼女は唖然とするクラスメイトを横目に、教室を出た。そして始業のチャイムが鳴る中、廊下を堂々と通り抜け、本気の本気で鍵介を学校から引きずり出してしまったのだった。
* * *
「よーし。誕生日といえばケーキよね。鍵介、とりあえずケーキ食べるか」
パピコのスイーツエリア。ここまで来て、ようやく彼女は止まってくれた。鍵介はもう恥ずかしいやら何やらで、ぐったりとしている。
「ねー、鍵介何ケーキがいいの? あ、もちろんコーヒーとかもつけていいからね」
ショウケースを前にまたわめいている「部長」に、鍵介は大きくため息をついた。
「何考えてんですか先輩……誕生日って……いやそりゃ祝ってくれるのは嬉しいですけど、そんなの学校終わってからでいいじゃないですか」
「鍵介こそ何考えてんの!? 誕生日よ、誕生日! そんじょそこらの記念日とは訳が違うんだから」
そういうものなのか。いや、少なくとも彼女の中ではそう言うものなのだろう。
「学校なんか行ってる暇、ないでしょ。特別な日にしなきゃ」
そして彼女は本当に、心の底から嬉しそうに笑って、鍵介にそう言った。
お誕生日おめでとう。そう直接言われたわけでもないのに、なんだか本当に、心から祝って貰えたような気がした。
ほらほらはやく、とまた彼女に手を取られ、ショウケースの前に連れてこられる。
「だーかーらー、引っ張らないでください! 選びます、今選びますから!」
「あ、そうだ。ショートケーキでもロウソクって立てられるんかな。16本? いや17本か。人口密度やばそう」
「何勝手にロウソクの算段まで組んでんだ!? 立てませんからね!?」
なんでよ、立ててよ、とまた彼女が口をとがらせる。それをなだめて、なんとかケーキを選んだ。
そのあと、彼女がお菓子や総菜を買い込み部室に持ち込んで、本気で「パーティ」しようとしたところを、元部長たちに見つかったのは、また別の話。