自宅主人公・神谷奏太。
主人公×鍵介。
無理ばっかりする主人公に、鍵介くんがお怒りです。
そんなことで泣かれるなんて、思ってもみなかったから。思わず、固まってしまった。
ぱんっ、と、乾いた音がした。少し遅れて、痺れるような痛みが頬を伝う。
「……っ、いい加減にしてください!」
「………………」
鍵介の声は明らかに激昂していた。眉根を寄せて、僕の方を睨み付けている。けれど表情は声とは裏腹に、今にも泣きだしそうにも見えた。
「なんで! なんであなたはそう分かりにくいんですか! 馬鹿なんですか!?」
思い切り振りきった手をぎゅっと握って、鍵介は言う。
頬が熱い。痛い。けれど鍵介の掌だって同じくらい痛いだろう。人は、人を叩くと痛いのだ。叩かれたほうも、叩いた方も。
痛いと知っていても尚、それをするのには、理由がある。
鍵介の手が、今度は僕の肩を掴む。そして、くずおれるように、すがるように、鍵介が僕の胸元に顔を埋めた。
「助けてくらい言ってくださいよ、苦しいとか、怖いとか、寂しいとか! あるでしょう! 先輩にだって、あるはずでしょう!」
ぎゅう、と、僕の肩を掴む鍵介の指に力がこもる。痛い。痛いほど。
「言ってくださいよ、言ってくれないと、僕は、わかんないんです」
声が、だんだんと震えていく。僕はまだ呆然としていて、けれどようやく、鍵介の方へ視線を落とした。僕の胸に顔を埋める鍵介は、やっぱり少し震えているような気がした。
「鍵介」
「……僕は、普通で、何にもなくて、そんなだから、言ってくれないと、わかんないんです。先輩を、助けてあげられないんです」
名前を呼んでも、鍵介はいやいやをするように頭を横に振るばかりだった。
ほた、ほた、と、降り始めの雨のように、温かい涙が地面に染みを作っていく。
ああこれは、僕が、悪かったんだな。そのとき、ようやくそう思い至った。
「ごめん」
鍵介は首を横に振る。僕がようやく彼を抱きしめ、頭を撫でても、それは同じだった。
ぐずる子供のようになってしまった鍵介を撫で続けながら、僕は、後悔と、淡い愛しさに目を伏せる。
そんなことで泣かれるなんて、思ってもみなかったから。
大事な人が痛いと痛いってことを、長いこと忘れていたから。
僕が痛いと君も痛いだなんて、そんなこと、知らずにいたから。
「ごめんね、鍵介」
痛かったね。ごめんね。