カルディ(とマキシミンとジョシュア)。
デモニック終わりかけの頃の話。
彼に与えられたあまりに長い眠りは、本当に慈悲だったのでしょうか。
* * *
部屋中に紙が散乱していた。それらは思い思いの場所で思い思いの方向を向いて散らばっており、どれも途中まで何事か書かれていた。
拾ってよく確かめる者がいたなら、それに書かれているのは芝居のシナリオだとわかっただろう。
それはどれも、ラストシーンから唐突に始まるシナリオだった。そのくせ、どのシナリオも途中で投げ出され、最後まで書ききられてはいない。途中で文字がインクでぐしゃぐしゃに消されていたり、あるいは紙自体が破かれていて、読めなかったりした。
気むずかしい作家が八つ当たりしたかのような、哀れな物語たちのなれの果て。
そして事実、その通りなのだった。その物語の作者は、どうしても納得のいく結末が書けなくて、気に入らない物語を捨てては書き、捨てては書くことを繰り返していた。
途中までの物語は、もう必要なかった。もう終わってしまったから、書く必要はない。今更、書けない。
その作家は……カルディはふと、文字を綴るペンを止めた。そして辺りを見渡して、ああ、ジョシュアが授業から帰ってくる前に片づけないと、とぼんやり思う。
今日も納得のいく話は書けなかった。たぶん、もう最期まで書けないだろう。たとえデモニックの才能を持ってしても。
カルディは立ち上がり、床に散らばった紙を一枚拾っては破いて、ゴミ箱に放り込んでいった。
一枚拾っては破いて捨て、もう一枚拾っては破いて捨てる。紙の繊維がちぎれる音を聞きながら、カルディは無表情に物語を壊しては捨てる。破いていくたび、そこに描かれた物語を思い出す。
それは楽しい物語。夢のような理想を綴った世界の話。離ればなれになった友達が、すれ違い続けた果てに再会して――
ぽたり、ぽたり、と、そのとき、唐突に滴が落ちた。床に散らばった紙の上に、黒い染みを作っては消える。
むなしさがこみ上げてきて、しょうがなかった。
「わかってる……」
ぼろぼろと涙を流しながら、カルディはそれを認める。
そんな都合のいい話はないと、カルディ自身は痛いほど分かっている。そしてわかっていても、書かずにはいられないほど、夢見ずにはいられないほど、魅力的な想像だった。
でもそれは、作り話として書くにしても、あまりにも陳腐であり得なくて、馬鹿馬鹿しい奇跡の物語にしかならなかった。
……たとえば、ある日突然ぼくが友達であることを彼が「思い出して」くれて、別れたあの日からの続きを始める。
そんな陳腐なシナリオを心の底から願うぼくはなんて滑稽なのだろう。
そんな奇跡をもう世界は許さない。「カルディ」が偽物であることは確定していて、それは壊れていく彼の身体が証明してくれている。
もう手を伸ばしても届かない。想いを伝えても届かない。手を伸ばしても、伝えようとしても、困らせるだけだ。
彼にとってカルディがもう友達ではなくても、カルディにとってはまだ友達なのだ。だから、彼を困らせるようなことはしたくなかった。
だったらこの想いはこのまま抱いていくしかない。自分がいなくなる日までずっとだ。
あまりにむなしくて、寂しくて、せめて自分が望む最高の未来を書き残そうとしたが、それも出来ない。
しゃがみ込み、自分の身体を抱きしめて、カルディは自分が震えているのを感じていた。
「死ぬのは、ぜんぜん、怖くなかったのに」
二度と生まれてくることのない終わりを迎えられると分かって、安心したくらいだったのに。
君ともう一度別れるのは、こんなにも怖いんだ。