鍵主。
好きな作家さんの本を読んで酔っ払った勢いのまま書きました。
めちゃくちゃ楽しかった。
最初に異変に気付いたのは、小学校中学年に上がってすぐのことだった。
入学式から数えて3回目の入院から、手紙と色紙が途絶えた。
少年は独白する。
どうやら、クラスのみんなは自分を消すことにしたらしい。
時間を止め、心を止め、ただひたすらに終わりを待つ。
少年は俯瞰する。
白い壁。床。天井。ここには怖いくらいに色がなかった。
まるで、消えゆく命の灯(いろ)をなんとか浮かび上がらせようとするかのように。
自分を蝕んでいたのは死という名の予定調和だ。
もはや現実に救いはなかった。
* * *
女神は問うた。
何が欲しい?なんでも言って。
理想世界で自分が望んだのは、病魔に屈さない命だった。
だがそれは禁忌だ。ランプの魔人にも叶えられない願いがあったように。
理想世界に住まう天使ですら、死という名の現実を殺すことはできなかった。
嘘吐きの偽女神様。それを殺して現実に帰る羽目になったのは、いったいどういう皮肉だ。
夢はいつか醒め、命の砂時計の砂は容赦なく落ちていく。
だからせめて、愛した人の作った歌に乗じ、子供のまま潰えるこの命を精いっぱい使い切ろうとした。
「そんなのひどいです」
「ごめん」
言い訳はしない。と少年は素直に謝罪する。
もう一人のほう。眼鏡の少年は……響鍵介は、その程度で身勝手なふるまいを許せるほどまだ大人ではなかった。
「もうすぐ死ぬから、何をしてもいいんですか。僕を利用してもいいんですか」
その肩は震えている。柔らかな心は今、『死』という言葉の前にすくみ上っているのだろう。
いま彼が逃げ出さないのは、きっと自分(せんぱい)の……音無遊歌という人間のためだ。
それを驕りだと切り捨てれば、逆に楽になれるような気がした。
「先輩にそんなこと決意させるために、あの歌を書いたんじゃありません。解釈違いです。先輩は、カギPのファン失格です」
両親もこんな風に、あきらめがよすぎる遊歌のために泣いたのだろうか。
ただ、言えることがあるとすれば。
あのとき自らの意志で止めた時間が、今になって鍵介を悲しませているということ。
大人になれないと言われた遊歌と、大人になりたくないと叫んだ鍵介。
ふたりの気持ちは重なっているようで、どこか決定的に位相がずれていた。
「会いに行きますから」
捕まえてやる、というニュアンスのほうが近い声だった。
「手術、逃げたら、許しません」
「うん」
その大きな目に涙をいっぱいためて、少年は宣言する。
子供だけの世界に別れを告げて、重すぎる現実という名の地獄に立ち向かうにはあまりに脆弱な約束をして。
「生きてください」
ふたりは狭き門をくぐった。