Skip to content

有機生命体進化論02-2

Posted in Caligula-カリギュラ-, and テキスト

2話おまけ。
博士は蒔苗くんの判断が気に入らないようです。

 

「まったく。本当にひとりで行くとはな……確かに私は『勝手にしろ』とは言ったが」
 しぃんとした空間から、男の低い声がきこえてくる。
 人の気配はない。昼間は人で溢れているその場所は、夜になると忽然と全ての人影が消え失せる不思議な場所だ。
 吉志舞高校の音楽準備室。
 そこは、このメビウスから脱出するために密かに結成された『帰宅部』の拠点だ。
 その活動が終わって数時間後……すっかり夜も更けたその時間に、たったひとりだけその場所に残る部員の姿があった。
「……すみません。しかし、帰宅部の部員を失うのは得策ではないと判断しました」
 蒔苗実理。それが、唯一残った生徒の名前だ。
 彼は誰もいないはずのその教室のなかで、何者かと会話していた。
 それは、本来この世界にいるはずのない『大人』の声だ。
「確かに『マリー』の種に等しい帰宅部を失うのは惜しい。だが、響鍵介は別だと言ったはずだ。彼はオスティナートの楽士でもある」
「今は……洗脳からは解放されています」
「ふん、カタルシスエフェクトで強制的に脱したに過ぎない。彼が自力で洗脳をうち破ったというなら話は別だが」
 実理の意見を鼻で笑って、声は深いため息を吐いた。
「……ですから、万が一のことも考え、他の部員にはなにも言わずに向かいました。なにか不備がありましたか」
 少し俯いて、実理は声に問いかける。
 どきん、どきん、と心臓が……胸の奥であるはずのないものが脈打っているのを感じた。
 しかし、声は以外にもしばしの沈黙の後淡々とした声で返答を寄越す。
「いや。犠牲なくことが運んだのであれば問題はない。彼の今後の成長に期待するとしよう。底辺を這いずった罪人が、天啓を受け聖人になることもある」
 その皮肉をたっぷり込めた言葉に、実理は反論しようと息を吸い込んだ。
 鍵介は、罪人ではありません。
 そう、言いたかった。だが、喉から出かかったその言葉はそのまま溶け消えて、小さなため息となっただけだった。
 言えば、この『声』はまた気分を害してしまうだろう。
 それはきっと、今後の帰宅部にとってよくないことになる。
「……では、引き続き任務の遂行に当たります」
「ああ、ご苦労だった。次の連絡はさらに1週間後だ。成果を期待しているぞ」
 不遜で傲慢な声だったが、実理はそれをまったく違和感なく受け入れていた。
 なぜなら、この声にはその権利があるからだ。
 作り出されたモノは、作り出した者に従う。それが道理だから。
「はい。『蒔苗博士』」
 自分と同じ名前のその声に向けて、彼は短く、そして確かな返事をする。
 そしてぶつんと何かが切れる音と共に、今度こそ声は完全に聞こえなくなった。