主人公と笙悟。
自宅主人公・日暮白夜。
CP要素無し。ED直前くらいのお話。
メビウスでの日々が、終わろうとしていた。
もう数日もすれば、帰宅部はグランギニョールの最奥まで辿り着くだろう。
μが人の負の感情を取り込み続け、不安定な状態になっていることは、メビウスの様子からも明らかだった。常に晴天だった空は暗く、デジヘッドの数は減っているのに、μを称える熱気だけは衰えず、異様な雰囲気が包んでいる。
まるで、張りぼての建物から、今まさに最後の柱を抜くかのように。ぐらぐらとした、しかしそれでもまだ理想の様相を呈した世界観の中に、白夜は立っていた。
「………………」
もう、あとは先へ先へと進むだけ。警戒も相談も必要なくなった今、帰宅部の部室はしんと静まり返っていた。
白夜はそんな部室に置かれた机やソファに、そっと手を触れる。触れながら、今までのことを思い出していた。
ここで一緒に食事をした。本を読んだ。宿題をしたこともあった。このソファに部員のみんなが座っていた。……鍵介も。
そんなことを思い出すたび、自然と口元に笑みが浮かぶ。
かつて自分を救ってくれた世界。そして大事な人と出会わせてくれた世界。
たしかに回り道ではあったけれど、この回り道は、間違いではなかった。
そのとき、がらり、と部室のドアが開いた。目線をそちらにやると、そこには笙悟の姿がある。
「……なんだ、お前も来てたのか。ちょうどいい。時間あるか」
うん、と頷くと、笙悟は何も言わず、頷き返した。
「お前に、謝っとこうと思ってな」
「謝る? 笙悟が俺に?」
覚えがまったくないので、白夜は首を傾げる。笙悟はそれを見て苦笑すると「まあ座れよ」とソファをすすめた。
「帰宅部の部長、お前に体よく押し付けちまっただろ。悪かったな。……正直、あれは俺の都合だった」
今更だけどな、と笙悟は自嘲するように言い切る。
「一刻も早くこの世界から出たかった。そのための帰宅部を作ったんだが……部長だ何だって、そういうのは向いてなくてな。面倒な部分はお前に押し付けて、現実に帰るって美味しいところだけ持って行こうとしたわけだ。……すまん」
言って、頭を下げる笙悟を、白夜は微かに目を見開いて見つめていた。
「笙悟、顔を上げて」
そして、ゆっくりとその唇を開く。
「俺は、笙悟が俺を部長にしてくれて、嬉しかった。だから、謝る必要なんてないよ」
今度は笙悟が驚く番だった。顔を上げ、白夜の顔を見る。しかし、嘘を付いているとか、無理をしているようには見えなかった。
「笙悟が俺を部長にしなかったら、帰宅部のみんなとこんなに仲良くなれなかった。この部室に、今もこんなに思い出が残っているのは、笙悟のお陰なんだ」
この長い回り道を歩く間に、数えきれないほど降り積もった思い出。
暗い現実へ帰るための、仄かで、淡く、決して消えない灯火。
そして、ひときわ強く手の中に残るもの――今、この世界で一番大切な人とも、笙悟のお陰でもう一度出会えたのだ。
「……笙悟がなにを負い目に感じているか、詳しくは知らない。でも、誰が何と言おうと、俺は笙悟に感謝してる」
胸元で自分の掌を握りしめ、白夜は言う。目の前に一番の恩人を見据え、背中に大切な思い出を背負いながら。
「ありがとう。帰宅部に笙悟がいてくれてよかった。……俺たち、性別も、年齢も、全然違ってたけど。それでもちゃんと、友達だったよ」
白夜が目をほんの少し細め、表情を綻ばせる。
その嘘のない言葉と瞳を見つめながら、笙悟はしばし黙り込み――
「……おう。ありがとな、白夜」
この世界の、この世界でしかきっと出来なかった大切な友人に、そう返した。