第5話。蒔苗くんは寝不足のようです。
こつこつこつ、と軽い音が立て続けに耳朶を打っていた。
こつ、と、また自分の爪がスマートフォンの画面に当たって、固い感触とともに音が鳴る。
(なにやってんだ、俺は)
心の中で、もう何度目になるかわからない言葉を呟いた。そして、画面に連なったメッセージを一気に削除する。
十数分を掛けて考えた文章は、それだけであっけなく白紙にもどった。
見慣れたWIREのメッセージ入力画面。トークの相手は『蒔苗実理』だ。笙悟は、ばつがわるそうに頭を掻いた。
――――笙悟と一緒には行けない。
あの日実理が言い残した言葉が、耳に残って離れない。
一緒に帰ろうと誘った。それを断られた。たったそれだけのことだ。
だが考えれば考えるほど、『それだけ』と断ずるには、あのときの実理の様子はおかしかったと思えてならない。
(二重人格……とかか?)
そんなまさか、とは思うまい。
ここはメビウスだ。ここに招き入れられた人間は、全員心になにかしらの歪みを抱えている。実理だってそのはずだ。あれはその片鱗だったのかも知れない。
彼の心の歪み。その片鱗に触れた、ということはつまり、笙悟は彼の心に踏み込んでしまったということでもある。
後悔する……はずだった。
そう、少し前の自分だったら間違いなく顔を覆い後悔していたところだ。けれど驚くべきことだが、どうやら自分はこうなったことが間違いだとは思っていないらしい。それよりも、彼の様子がおかしかったことが気になって仕方がない。
あいつになにがあった。あいつはなにを考えているんだ。
それはまるで、もっと彼に踏み込みたいとすら考えているような思考回路。
だから笙悟は自問を繰り返す。
俺はなにを考えている。俺はなにをやっているんだ。
そして今もこうして、拒絶されたはずの実理に対しなにかのメッセージを送ろうとWIREの画面を見つめている。
「そんなに深刻な顔してどうしたの?」
「うわ」
警戒がゼロのところに声を掛けられて、思わず声を上げた。
「そんなに驚かなくても良いじゃない。なんだか笙悟らしくないわよ?」
顔を上げると、よく手入れされた長い髪がさらりと揺れた。
笙悟と同じ3年生の、柏木琴乃だった。
「琴乃か……すまん、集中してた」
『しょうがないなあ』とでもいうようにその返事を笑って、琴乃は眉をひそめる。
「もしかして、部長にWIREしようとしてた?」
どきり、と心臓が跳ねる。
「あ、ああ……」
なんでわかったんだ?という言葉は飲み込んだ。
それでも笙悟が動揺していることなど、妙に聡い彼女にはとっくにお見通しなのだろうが。
「たしかに最近様子がおかしいっていうか……前からだったのかも知れないけど、私もちょっと変だなって思い始めたのよね」
その細い指が白い顎にあてがわれ、考え込むポーズを取る。
そんな芝居がかった仕草であっても、こんなお世辞抜きの美人がやると絵になるものだな、などとのんきなことを考えた。
「まあ、あいつ変わり者っぽかったしな」
「そうじゃなくて。……笙悟、部長が一日どんなスケジュールで動いてるかとか、考えたことある?もしくは、見たことある?」
無難な相づちを打ったつもりが、琴乃の考えとは食い違ったらしい。
彼女は少々焦れた様子でそう問い返してきた。
「いや……っていうか、部員っつったってそんな一日中の行動把握とかしないだろ、普通」
その返事には、とりあえず納得したらしい。『まあそうよね』と同意して、しかし琴乃は尚続ける。
「それはまあ、私だって活動以外のところでみんながどんな風に過ごしていても、別に構わないって思うわよ。でも、部長だけはどうしてもおかしいなって思って……」
語尾が先細った。琴乃にしては珍しいことだ。
「もったいぶるなよ」
「そうね。らしくなかったわ」
そう詫びて、彼女はこう続けた。
「部長、まったく寝てない気がするのよ」
は? と、思わず間の抜けた声が出てしまった。
琴乃としてもその反応は予想通りだったらしく、困ったような表情を浮かべる。
「だからね、毎日朝から晩まで起きたままでメビウスを歩き回って、そのまま朝になったら学校に来て……っていう生活をしてるんじゃないかって思うんだけど……」
笙悟が言葉の意味を測りかねていると察したのだろう。琴乃は焦れたようにそう付け足した。
「いや、ちょっとまて。いくらなんでも、それは……」
「まあ、そういう反応よね。私もさすがに家に帰ってないってことはないと信じたいんだけど、少なくともここ最近眠ってないっていうのは本当っぽいのよね」
わかるわ。とでも言いたげに、彼女はまたさらにその困惑した表情を深くする。
「私、この間ちょっと用事があってわりと夜遅めにパピコにいったの。そこで部長を見かけたのよ。それで『こんな遅くにどうしたの?』って声を掛けたら、なんだか凄く眠そうで……」
――――部長、もしかして、眠れてないの?
――――……うん……いや、ううん、大丈夫。俺はねむくなんてならないから。
そう、彼は答えたのだという。
「もう、その反応が既に『眠いです』って感じよね。クマも凄かったし……普通、2~3日徹夜したくらいではあんな風にはならないと思うわ」
『やれやれ』とでも言いたげに、彼女は小首を少し傾げて腕を組んで見せた。
それは女子高生の仕草と言うより、息子の将来に悩む母親のそれに近いような気がする。
「眠くなんてならない……か」
笙悟はぼそりと、琴乃にきこえないように務めて繰り返した。なぜだか、そのつぶやきは彼女に聞かせてはいけない気がしたからだった。
「とにかく、部長にWIREするなら、それとなく探ってみてくれない? 私は一度面と向かって問いただしちゃった所為で、あれ以来その話題になるとあからさまに避けられちゃうのよ」
ごめんね、と付け足して、彼女は深いため息を吐く。
「知られたくないことって誰にでもあるんだと思うけど、でも、あのままじゃ部長、間違いなく倒れちゃうわ。だから今回だけお願い」
『お互いに踏み込まない』ということを信条にしている笙悟の手前だからだろうか、琴乃は律儀にそう願い出た。
普段はおおらかで何事も冷静な彼女がここまでいうのだ。おそらく実理の状況はかなり悪く感じたのだろう。笙悟もそれを敏感に悟った。
「……わかった。それとなく、聞いてみる」
それとなく。
その部分がうまく行くのかどうかは、果たして彼にも自信はなかったのだが。
***
最近、やたらと視界がちらつく。そう感じ始めたのはいつからだろう。
蒔苗実理は歩行行動に全神経を集中させながら、そんなことを考えた。今も視界は明滅を繰り返しているし、しかもその感覚はどんどん短くなっている。
(眠い……)
これが俗に言う『眠気』であることに、彼は既に気付いていた。
しかし、なぜこんなことになったのだろう。
『自分には、そんなものが発生するはずがないのに』。
自問した思考は明滅する視界にかき消され、瞬く間に霧散する。
“首尾はどうだ。アンカー”
ふと胸元から声がして、足を止めた。
アンカー。それは、自分を指す名前だからだ。
錨。
このメビウスという電脳の海に、目印として下ろされた、無機質な鉄の塊。
それが蒔苗実理という存在なのだ。
だからこの『声』はいつも自分をそう呼ぶ。それは正しくて、当たり前なことだ。
なのにどうしてだろう。最近はこのことを考えるだけで胸が苦しくなる。
「はい。今日は夜間に外出する生徒が少なく……手がかりは掴めませんでした」
気が付けば、そこは真っ暗な教室……彼ら帰宅部が部室として使用している音楽準備室だった。
時刻は真夜中だ。もちろん、校内には生徒はひとりも存在していない。
メビウスは電脳空間だ。そこに存在する生徒達に肉体はないし、肉体がない以上は睡眠も必要ない。
それでも彼らのうちほとんどは毎日自宅へ戻り、夜の間を寝て過ごす。彼らの魂とも呼べるものが、習慣化したその行為を必要としているからだろう。
つまるところ、そこに合理性はないのだ。
弱者の楽園メビウス。そこに暮らす人々は、ただひたすらにみずからの嗜好と快楽を求めて世界に存在しているにすぎない。
ソーンが言うところの『裏口入学生』である実理には、あまり関係のないことではあるが。
“……そうか。最近成果が少ないな。帰宅部との交流を密にし監視を怠らないのは良いことだが、そもそもの目的を忘れるなよ”
胸元から発せられる声が少々棘を含んだ気配を察知し、実理の眠気はほんの少し遠のく。
ああ、また怒らせてしまった。胸の奥の何かが小さく震えるような錯覚を覚えた。
「ごめんなさい」
返す言葉は短い。だが、その声音には十分すぎるほどの罪悪感と恐怖とが込められていた。
それを聞いたもうひとつの声の主はしかし、それが気にならないかのように、ふんと鼻を鳴らしただけだった。
“形だけの謝罪は必要ない。結果を出せ。夜明けまではあと6時間ほどあるだろう。情報収集を怠るな。私の期待を裏切るなよ”
そこまで一息でまくしたてると、声はそのままぷつりと途絶える。
実理はループタイにそっと触れると、まるであの声の残滓に想いを馳せるようにしばらく目を閉じた。
「……はい。おとうさん」
そっと呟いた言葉は、おそらくあの声に聞かせてはいけない言葉なのだろうなと、察しが付いた。
「蒔苗?」
そのとき、予想外の方向から別の声が掛けられた。
心臓がどくりと脈打ち、声のした方に向き直る。気が付くと、部室の扉が開いていた。
なぜ人の気配に気が付かなかったのだろうかと自分を叱咤する。だが、そのむこうから現れた姿をみて、さらに実理は自分を責めた。
「……笙悟。どうして」
佐竹笙悟。
今、実理が一番会いたくない相手がいるとすれば、それが彼だった。
「どうしてって……その……お前が心配だって、琴乃が……」
明らかに警戒されているのを察したのか、ばつが悪そうな表情で彼は答える。
ああ、なにがそれとなく、だ。という独り言が夜闇に紛れてきこえてきた。
なんにせよ、この場を切り抜ける必要がある。それだけは確かだと実理の頭の中で警鐘が鳴っていた。
「さっきの話、聞いてた?」
「……」
答えは沈黙だった。それは、佐竹笙悟という人間の行動パターンから言って、肯定を意味している。
胸の奥で、あるはずのない心臓がどくどくと脈打っている錯覚がした。呼吸が荒くなり、じわりと額に汗すら滲んだ。
どうしよう。どうしよう。
同じ言葉ばかりがぐるぐると思考回路の中を泳ぎ回って埒があかない。
ああ、自分はどこまで愚鈍で、情けないのだろうか。
疑問を提示した瞬間、解答も用意できる。それが、今までの蒔苗実理という存在だったはずなのに。
そうしてまた激しく自分を責めた瞬間、笙悟が酷く驚いたような顔をしたのが分かった。
実理を気遣うような、自分も傷ついているかのような。何かの痛みを必死でこらえているような表情だった。
「そんな顔、するなよ」
「……俺、いま、どんな顔してるの?」
「……」
笙悟は答えないし、実理の自問にも答えは出ないままだ。のろのろとした思考が、そこでやっとそれらしい答えをはじき出した。
また、逃げるしかないのか。あのときと同じように。
――――途中まで一緒に帰れば良いと思って。
笙悟のあの申し出を断ったときのように、走って逃げてしまえばいい。
あのときと違うのは、先ほどまでの会話を全て聞かれてしまっていたことだ。当然、今後笙悟は自分をいぶかしく思うだろうことは避けられない。
それでも、きっと道はそれしかない。
「ごめん」
声を絞り出して、きびすを返した。あとは、足を動かして走るだけだ。
そう思って片足に体重を掛けたときだった。
唐突にその足が、かくんとその重さに負けて、膝を折った。
「え」
それは、実理と笙悟どちらの声だったのだろう。
判断が付く前に、実理の視界が再び明滅しはじめた。
体重を支えきれなかった足は膝からそのまま地面にしたたか打ち付けられ、くずおれるように実理の身体は冷たい教室の床に転がる。
「蒔苗!? おい、蒔苗!?」
笙悟が倒れた自分に声を掛けるのが分かった。
返事をすべきだし、もっと言えば、今すぐ立ち上がって走るべきだ。
頭はそう命じていた。しかし、身体はようやくみずからを預けられる平らな場所を得て、そのまま休息になだれ込もうとする。
あがくように明滅していた視界は、やがて完全に暗闇を受け入れて、そのまま実理は思考を手放した。
***
そこは水の中のような場所だった。
重力を感じない、ふわふわとした感覚のなか、実理はどこを目指すでもなくその場を漂っている。
瞼が重い。気だるい。指先さえ動かすのもおっくうだった。
これが『眠る』という行為なのだろうか。なんだかひどく心もとなかった。
人間は、睡眠をとっている間に記憶の整理をするらしいという知識をふと思い出す。
過去。
その言葉を意識した瞬間、実理の思考回路もまた、記憶の本棚へとその手を伸ばしたようだった。
「メビウスへようこそ。私はμ。君は……人間じゃないよね。うーん、どこからか迷い込んじゃったのかな?」
映像がよみがえる。少々ノイズがかっているのは、メビウスに無理やり侵入しようとした際はじき出された弊害だ。
それでもその少女の輪郭ははっきりとわかる。白い天使。電子の歌姫。自我を得たバーチャドールソフトウェア。
『μ』。
「でも、キミの心からも聞こえるよ。『つらい』『さびしい』って。だから……うん! キミもメビウスにおいでよ!」
タビはミチヅレ、だもんね! と花が咲くような笑顔を見せて、白い少女は実理の手を取った。
対する自分はぼんやりと立ち尽くしている。
「μ……俺は……」
記憶の整理。過去の再演。蒔苗実理がメビウスにやってきた、そのはじめの記録。
それを他人事のように見ている今、実理はあのμに対してどこか親近感のようなものを覚えた。
人を幸せにしたい。悲しみや辛さから解放したい。それは彼女にとって譲れない使命なのだ。
0と1の泥からヒトの形を作りたもうた、神の意志。そんなもの、きっと今の彼女にはないのだろう。
あるとすれば、それは彼女の意志だけだ。こんな、歪んだ理想郷を作るほどのつよくつよい心の力。
蒔苗実理に欠けているもの。いや、欠けさせられているもの。
「君の望みを教えて。ここでなら、何でも叶うから。あたしが叶えてあげるから」
優しい声音で彼女は言った。
胸の奥底で、ごとりと黒い箱が音を立てる。まるで、そのなかで何かが暴れているように。ここから出せと叫ぶように。
「おとうさんに、」
言葉がこぼれた。目の前で、μが驚いたような、憐れむような表情でこちらを見ていた。
「俺のこと、ちゃんと『実理』って呼んでほしい。もっと笑ってほしい。昔みたいに……」
それは、産れて初めて言葉となった、実理の意志だった。
硝子が割れるような音が聞こえた気がして、きっとあの黒い箱は今、粉々に壊れたのだろうとぼんやり想像した。
ぽた、と何かが落ちる音がして、頬が冷たいことに気づく。「あれ」と間の抜けた声を上げて、実理はその原因にそっと触れた。
涙だった。
ああ、どうして今。
そこから先は怒涛のように押し寄せた感情で、胸も頭もいっぱいになった。言葉になる前にすべて吐き出されてしまうそれらに、幼い実理の魂とも呼ぶべきものはただただ翻弄され続けていた。
「うん、わかったよ。だから泣かないで。もう大丈夫だからね」
拭わなかったもう片方の頬を、μが優しく撫でてくれた。まるで、世界でたった一人の愛息子をいつくしむ母のようだった。
***
カラン、と澄んだ音がきこえた気がした。
ゆっくりと、海面を目指す魚のように意識を浮上させると、先ほどまで明滅していた視界はあっけなく目の前の景色を写し出す。
飛び込んできたのは、硝子のコップに注がれた麦茶と氷だった。先ほどの音は、どうやら氷が溶けてコップにぶつかった音のようだ。
「目、醒めたか」
すぐそばで声が聞こえた。
「……笙悟?」
「ああ。俺だ。ついでにここは俺の家だ」
返事がきこえて、なぜだかほっとした。そして、だんだんと手足の感覚がハッキリしてくる。
自分はどこか柔らかい場所に寝かされているようだった。身体には重くも軽くもない布のようなものが掛けられていて……ああ、自分は布団のなかいるのだと思った。
「お前、寝てなかったのか」
「うん」
「何日寝てなかった」
「……わからない」
「…………」
眠る前まで感じていた焦燥感はすっかりなりを潜めていて、代わりに実理の胸の中には、諦観のようなものが広がっていた。
身体はこの心地良い場所に吸い付いたように離れない。溜まりに溜まっていたのだろう「眠気」は、まだまだ睡眠をと叫んでいた。
「俺には、睡眠なんて必要ないはずだから」
自暴自棄、というのが今の自分を言い表すのに一番相応しい言葉だろう。今は自分の正体に疑問を持たれるような言葉にも、注意は向かない。
「俺は」
と、笙悟はそこで一旦、言葉を詰まらせた。そして、数秒のあいだ、真夜中の部屋に沈黙が降りる。
「今は、なにも訊かないでおいてやる」
カチ、カチと時計が規則正しい針の音を刻む。そこにときたま、コップの中の氷が溶ける音が不規則に加わる。
静寂が際だつなかで、実理は笙悟の言葉を待っていた。
「なんでお前が『自分に睡眠が必要ない』とか言うのか。この間、お前の顔して出てきたアイツは誰なのか。さっき話してた『帰宅部を監視する』ってどういう意味だとか……そりゃ興味がないわけじゃない。でも、今は訊かないでおく。だから寝ろ」
そこまで言いきると、彼はコップの中の麦茶を一気飲みして、何故か実理の髪を一回だけ撫でた。
氷の冷気を纏った手が、ひんやりとしていてとても気持ちよかった。それがまた実理の胸の奥を酷くざわつかせて、思わずかけ布団を頭までかぶった。
「……今は、なんだね」
ありがとう、と言う言葉より先にそんな確認が出るのは、きっととても失礼なことなのだろう。けれど、笙悟は怒った様子もなく……だが、譲る気はないと言うような強い声で答えた。
「ああ。今は、だ」
きっと笙悟は今、自分からわざと目を逸らしてくれているのだろうと思った。だから、息苦しくなった実理は布団から顔を出して、もう一度きちんと身体を預け直す。
今は、彼がくれたこの休息を受け入れよう。それ以外に、とくに取りたい選択肢はなかった。
そしてこの長い休息が終わったその時は、『覚悟』を決めなければならない。
「ありがとう、笙悟」
観念したように、実理はようやく感謝の言葉を贈る。それを聞いた笙悟は、やはりこちらに顔を向けてはいなかったけれど。
「……ああ」
その短い返事が、笑いながら言ったように少し高揚していた気がした。