自宅主人公・日暮白夜。
鍵介×主人公。
時代錯誤な文学少年、告白されるの巻。
「それ、どういう意味ですか」
仄かな期待を込めて、鍵介は尋ねた。隣でそれを聞いていた白夜が、そのことにはっと息を呑む。そして、灰色の瞳が鍵介を見つめ返した。
「……どういう、って」
「さっきの、先輩が言ったやつです」
どういう意味なんですか、と、鍵介は繰り返す。
『……鍵介に、彼女が出来たら。おめでとうって、言えないかも』
白夜は、視線を逸らす。そして、小さく首を横に振った。
「言いたく、ない」
「なんでです」
さりげなく後ずさり、距離を取る白夜を逃すまいと、鍵介が距離を詰める。白夜は困り果てたような顔をして、眉根を寄せた。
「結果が……見えてるから」
もう許して、と言わんばかりのか細い声で、白夜は言う。一瞬、鍵介の心に迷いが生まれたが、それを必死で振り払った。
今ここで逃がしたら、チャンスは巡ってこない気がした。
「そんなの、わからないじゃないですか」
更に距離を詰め、とうとう白夜の手を取る。白夜は一瞬体を震わせたが、尚も逃げようと身をひねった。
「わかるよ」
「なんでそこまで言い切るんですか」
「鍵介、女の子好きだろう」
「好きですけど」
「ほら」
白夜が、いつになく分かりやすく、「むっ」とした表情で言う。
何がほら、だ。勝ち誇った顔で言うことじゃない。そんなことで誤魔化されるか。ここまで来たらもう引き返すなんて選択肢はなしだ。意地でも言わせてやる。
そんな子供じみた決意で、尚もしっかりと、白夜の手を握る。
「とにかく、言ってください」
「嫌だ」
逃げ場を失って尚、白夜は意固地に拒否し続ける。いつも、成り行きを見守る大人しい彼はどこへやらだ。こんな時に限って聞き分けが悪いのはタチが悪い。
「……面倒くさい人だな、あんた」
しびれを切らしたのは鍵介の方だった。小さく言って、そのまま顔を近づける。
「じゃあ、もうこっちから言います」
「え…………」
掴んだ手を引きよせる。空いた方の手で、白夜の頭の後ろを支えて。
そのまま、二人の境界線ギリギリまで、距離を縮めた。柔らかな感触はほんの一瞬だけで、でも確かに触れ合ったのは事実だった。
「好きです」
***
「好きです」
……半ば強引だったとはいえ、鍵介は確かに、白夜にそう伝えた。
最初は「嘘だ」「夢だ」などと言って逃げ回っていた彼だが、しまいには鍵介に根負けすることになった。自分から告白した手前、鍵介も意地がある。
そんな努力の結果、顔を青くしたり赤くしたりしながらも、白夜はやっと
「……俺も好きです」
と言葉を返したのだった。
二人で話し始めて、実にどれくらい時間がたったのか。なんだか物凄く長い時間が経っているような気がした。
告白なんていざとなれば、「好きです」「わたしも」で終わると思っていたのに、やっぱりこんなところでも理想と現実には深い溝があるらしい。
「………………」
しかも、白夜は「俺も好きです」と言ったっきり、また顔を真っ赤にしたまま俯いている。鍵介もどうしていいやら、正直戸惑っていた。
しかし、この調子では白夜の方からリアクションが来るとは思えない。何か気の利いた事でも言わないと。
「あの」
「はい?」
そのとき、白夜が口を開いた。まさか白夜の方から話しかけてくるとは思わず、鍵介はやや食い気味に返事をする。
「こ、これから、その、お付き合いを、するの、か」
「……ええまあ、出来たらそうしたいですけど」
お付き合い。お付き合いと来た。元々白夜の語彙は古風なものが多いので、今更驚いたりはしないが。
「嫌ですか?」
「い、いやじゃない。嫌じゃないけど」
ああ、嫌ではないのか。とりあえず安心した。しかし、「けど」とは何だろう。鍵介は一気に不安になってきた。
初めて不良扱いされた時も思ったが、白夜は本を読み過ぎているせいか、思考がおおよそ文学している。だから考え方や発言が妙に非現実的だったり、世間知らずな印象を受けるのだ。今回もきっと、そんなトンデモ発言が飛び出すに違いない。
「いくらお付き合いしているからって、この間みたいな、キスとかは、よくないと思う」
「……むしろ、お付き合いしているから、キスとかするんだと思いますよ。どちらかと言えば、お付き合いしてない人とキスをする方が問題だと思いますけど」
というか、キスやキスに準じることをしたくなるので、お付き合いしましょう、となるのではないのだろうか。
しかし白夜は鍵介の言葉にますます真っ赤になって、ぶんぶんと首を横に振った。
「当たり前だ! そうじゃなくて、物事には順序があるってこと! い、いきなりキスは、ダメだと思う」
「はあ。じゃあ、先輩的に正しい順序を教えてもらえますか」
そう返しながら、鍵介はなんだかだんだん可笑しくなってきた。白夜がこんなに表情をくるくる変えるところなんて、初めて見たのだ。こんなに口数が多いのも。
白夜は鍵介にそう尋ねられて、明らかにうろたえた。そして、「あー」だの「うー」だの、しばらく唸った後。
「ぶ、文通……とかから」
絞り出すように、そう言った。鍵介はしばらくその言葉をかみしめるように黙り込む。
「文通」
「文通……です」
「あの、それはアレですか。手書きのお手紙をやりとりするアレですか」
「そ、そうです」
白夜は大真面目だ。だからこそ可笑しくて、鍵介はついに限界を迎えた。くすくすと忍び笑いが零れ、やがて声を上げて笑ってしまった。
やはりぶっ飛んでいる。このご時世、手書きの手紙をやりとりするところから始める恋人などいるだろうか?
けれど、その発想は妙に白夜に似合っていた。今までずっと、傍で見て来たからわかる。いかにも彼がしそうな発想だ。
「……ああ、すみません、笑ってしまって。ええと、文通はちょっと続きそうにないんで。WIREでいいですか」
白夜がまた青くなったり赤くなったりし始めたので、鍵介は慌てて笑いをおさめた。そして、自分のスマートフォンを取り出して言う。
白夜はそれで、初めてWIREという手段があったことを思い出したようで、また目に見えて顔を赤くした。
「わ、わかった。じゃあ、WIREで、妥協する」
しかし、自分がうろたえていることを悟られたくないのか、大真面目にそう答える。それがなぜかまた可愛くて、笑みが零れた。
「じゃあ、宜しくお願いします、先輩」
「……よろしく、お願いします」
スマートフォンに表示された「日暮白夜」の文字が、昨日までとは違って見える。
とりあえず、「お付き合い」初日はこれくらいで勘弁しておこう、と思うのだった。