鍵主♂。2018年ハロウィン記念。
自宅主人公・日暮白夜。
これも猫ネタだった。
「…………」
……頼むから何か言ってくれ、恥ずかしさで死にそうだ。
鍵介は心からそう思いながら、白夜の正面に立ち尽くしていた。
白夜はその、口ほどにものを言う灰色の目を見開いて、「ぽかん」と口を開けて鍵介を見上げている。
(悔しいことに)白夜は鍵介より背が高い。なのに「見上げている」というのは、つまり白夜は鍵介の頭上に注目しているのだった。
「…………なんで猫なの?」
白夜がようやく、口を開く。目線は鍵介の頭上にある、いわゆる「猫耳」だ。
「な、なんででしょうね……」
「なんでかわからないのに、猫耳を付けてるのか」
「違いますっ!」
思わず声を荒げると、白夜は「びく」と身を震わせて一歩後ずさった。そして少しだけ不満げに俯く。
「だってさっき鍵介が……」
そう言ったのに、と低く白夜は呟く。鍵介はため息をついた。
「あーもーだから違いますって! ハロウィンですよハロウィン! 仮装です!」
自分で頭の上に付けた猫耳を触りながら、鍵介は繰り返す。白夜はそれを聞いて、やっと合点がいったようだった。
「ハロウィンって……仮装して、お菓子をもらいにいく外国のお祭りか」
「鳴子先輩が『ゴシッパーのネタになるし、みんなでやろうよ!』って騒いでたでしょ、昨日。まあ、基本的にμも楽しいこととかお祭りはいいものだって認識ですからね。メビウスでも時期が来るとやるんですよ」
ハロウィンになると、メビウスにある店はこぞってお菓子を売り出すし、住人たちも思い思いに仮装を楽しむ。なんなら、ショッピングモールのNPCに「トリックオアトリート!」と声をかけるだけで、お菓子類が無料になったりもする。
μの、単純ではあるが懐の深い、「楽しいことはいいことだ」の精神に基づく大盤振る舞いである。
帰宅部の部員たちも、今日は部室に集まって仮装なり、お菓子交換なりを楽しんでいるはずだ。
「それで……鍵介は猫の仮装をしているのか」
「改めて言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいですね……まあ、そうなります」
猫と言っても魔女の相棒を連想させる黒猫だ。耳だけだが。よく遊園地で売られているようなカチューシャタイプのものだ。
白夜はしばらくそれを見上げていたが、やがて、ほんの少しだけ口の端を綻ばせる。
「かわいい」
鍵介はその表情でそう言われた瞬間、不覚にも言葉に詰まって固まってしまった。
普段、あまり表情が動かないだけに、急にそんな風に微笑まれると、不意をつかれてしまう。
白夜の表情の変化はとても淡い。鍵介以外には、「笑った」とは思えないくらいに淡い変化だろう。でも鍵介にはもうそれが分かるし、鍵介に向かって微笑みかけてくれているのだと分かるのだから、心が揺れ動くのは当たり前だ。
好きな人が笑ってくれているのだから。
「でも、なんで猫なの?」
ふたたび、最初の質問。そしてそのときには、もうその淡い笑みは消え失せている。
それを少し残念に思いながら、鍵介は言った。
「…………そ、それはですね……先輩、前、猫好きだって言ってたじゃないですか。本当は飼いたいんだって」
「それで、猫にしたの?」
再び、白夜が少しだけ、驚いたような声で言った。はい、と鍵介は頷く。
少し前に白夜が言っていた。猫が好きで、本当は飼ってみたいのだと。猫なら、部屋でもずっと一緒にいられるからと。
鳴子からずらりと仮装アイテムを並べられて、そのとき、ふとそれを思い出したのだ。
白夜はしばらくまた沈黙したあと、不意に、鍵介の方へ手を伸ばした。
「そっか……ありがとう」
そして、男性にしては華奢で小さな手のひらを、鍵介の頭の上にのせ、ゆっくり撫でる。
意中の人に頭を撫でられている、というシチュエーションに、鍵介は思わず顔が熱くなった。
しかし、動くことも出来ずに「え」だの「あの」だのという意味の無い言葉だけが漏れるばかりだ。
そして頭を撫でながら、白夜がふと言った。
「……ということは、飼っていいの?」
「ええ!? そ、それは……い、いえ、その! ええと!」
それはまだちょっとハードルが高いプレイなのでは。とかなんとか言い訳する鍵介と、不思議そうに小首を傾げる白夜の二人と共に、ハロウィンの日は過ぎていくのだった。