2011年発行 演劇物
ざわつく酒場の店内のカウンター席。ジタンはそこで、ぐったりと伸びていた。
隣には赤い帽子のブルメシアの民…フライヤと、その恋人フラットレイの姿もある。
「ずいぶんと機嫌が悪そうじゃな」
椅子の後ろでゆらゆら揺れる尻尾を見ながら、フライヤはからかい口調でそう言った。
「そりゃそうだろ。クジャに言われて、勢い込んでリンドブルムに帰ってきたら、当の相手が不在と来た。…こっちとしちゃ、肩透かしもいいところだぜ」
ジタンは否定もろくにせずため息をついて、カウンター席で突っ伏したまま手だけをひらひらさせる。フライヤとフラットレイは顔を見合わせて苦笑した。
クジャと話したあと、一晩を黒魔導士の村で過ごしたジタンは、そのままリンドブルムへと戻ってきた。
話し合う気が失せる前にと、ジタンはすぐさまフォードを探したのだが…タイミングが悪いというか何というか、今度はそのフォードがどこにも見あたらない。タンタラスの団員達やバクーに聞いても、「芝居の打ち合わせで出かける」としか聞いていないらしい。
そんなこんなで、色々と疲労困憊のジタンは、こうやって項垂れているわけだ。
まあ、偶然にもフライヤやフラットレイと出会えたので、一人で管を巻くなんて寂しいことにはならずに済んだ。それだけは不幸中の幸いと言えるかも知れない。
そのときちょうどウェイトレスが「お待たせしましたー」と明るい声で料理を運んできた。ジタンとも顔なじみの女性だ。
「あれ、ジタンさん今日はご機嫌ナナメですか?」
「そんなとこ。あーあ、オレのご機嫌を直してくれるカワイコちゃんでも居ればなぁ」
カウンターに突っ伏したまま、ジタンはちらりと視線だけでウェイトレスを見上げる。
しかしウェイトレスは慣れたもので、小さくため息をついて肩をすくめただけだった。ついでにフライヤに目配せして苦笑してみせる。
「本当にご機嫌ナナメですね」
「心配いらん、拗ねておるだけじゃ」
「だーかーらー、すねてなんかないっての!」
…ジタンは普段、そう誰かに食ってかかるタイプでもない。それなのに意地になってしまっている辺りが、充分拗ねていると思うのだが…とフラットレイは密かに思う。
「…お前っ、何様のつもりなんだ!」
そのとき、酒場の入り口から怒声が響いてきた。一瞬店内が静まりかえり、どよめきに変わる。ジタンも思わず顔を上げた。
「なんだ?」
「ケンカかしら。なんか最近多いのよね…やだな、暴れられたりしたら」
入り口を見やりつつ、ウェイトレスが眉根を寄せてため息混じりに呟いた。
まだ表からは怒声が聞こえている。やはりケンカらしく、だんだんと野次馬まで集まり始めたようだ。
見かねたのか、フラットレイが小さくため息をついて立ち上がる。
「私が少し見てこよう」
「フラットレイ様…では、私も」
フライヤも続いて立ち上がると、ジタンもちらりと入り口を見てから思う。
…まだ怒声は続いている。誰かが誰かをひたすら怒鳴り続けているようだ。今は口げんかで終わっていても、もう少しすれば手が出るケンカに発展するかも知れない。
「待った! オレも行くよ。可愛い子が困ってるのは見過ごせないしな」
不安そうな表情のウェイトレスを一瞥してから、そう言ってジタンも立ち上がった。
…拗ねていようが何だろうが、こういう時は軽口に切り替えて飛び出していけるのが、ジタンの魅力だなとフライヤは常々思うのだった。
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