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幕間・二場

Posted in 再録

2011年発行 演劇物

 夏がようやく終わりに差し掛かろうとしていた。季節は秋に向かって少しずつ重い腰を上げ始めた。この時期は昼間は暖かいが、夜はぐっと冷え込むことが多くなってくる。
 そんな肌寒さを感じる夕暮れ、エーコはチケットを持ってその劇場へと足を運んだ。
 劇場はリンドブルムにある宮廷劇場で、手にしているチケットは、いつだったかフォードとか言う男から貰ったものだ。元々リンドブルム城に住んでいるエーコにとっては、自分の庭みたいなものだ。

 「……これってどういうことなの?」
 しかし、その庭みたいな宮廷劇場で、エーコは茫然と立っていた。そして、心の底から驚いて、目の前の面々を見つめていた。
 チケットに記された席は指定席だった。エーコの席は、一番舞台が見えやすい真ん中の列に位置している。ロイヤルシートとまでは行かないまでも、特等席であることに変わりはない。
 そしてその特等席の列には、エーコにとって誰も彼も見覚えのある顔ばかりが座っていた。見覚えのある顔の一人が、顔を上げて懐かしそうに微笑む。
 「おお、お主、エーコではないか」
 赤い帽子に細長い尻尾。すらりと長い手足に優しげな瞳。今はブルメシア復興に尽力しているはずの、フライヤ・クレセントその人だった。
 「フライヤがなんでここに居るの?」
 まじまじと見つめてそう言ってみたものの、やはり間違いなくフライヤだ。大人っぽい雰囲気も、落ち着いたしゃべり方も変わっていない。ただ違うことと言えば、傍らに恋人のフラットレイが居ることくらいだった。
 フライヤは懐かしそうに目を細め、エーコの頭に手を置く。
 「いろいろあってな…招待を受けたので二人で来たのじゃ」
 そう言って、フライヤはフラットレイにそっと目配せする。フラットレイが苦笑しながら、優しいまなざしを返す。
 目だけを合わせて微笑み合う二人を見て、エーコは「ああ、ごちそうさまだわ」と一人心の中で溜息をついた。
 ジタンとダガーについては「わたしが何とかしないと!」という使命感に襲われる時もあるが、この二人の場合は放っておいた方がいいと常々思う。なんというか、種類が違う。

 「…騒いでいないで座ったらどうだ」
 その時、フライヤ達の向こうで座っていたサラマンダーが、低い声で言った。
エーコはややムッとしながら、「分かってるわよ!」と自分の指定席に座る。
 さすがリンドブルムの宮廷劇場、客席の座り心地も最高だ。長時間の観劇でも、これなら熱中していられそうだ。
 「劇が終わったら、みんなで美味い夕飯でも食べるアル!」
 「クイナはいつもそればっかりね…まあいいけど」
 お芝居よりもそっちの方が絶対メインだわ…と、エーコは苦笑した。

 そうやって雑談に夢中になっている間に、空はどんどん暗くなっていく。…芝居の開始まであと十数分と言うところか。徐々に他の席も埋まり始め、周りが賑やかさを増していった。
 暇潰しに周りを見渡してみると、人々はチケットを片手に席番号を確かめつつ座っていた。
どうやら全席指定席のようだ。チケットにも「特別リハーサル公演」と書かれているので、招待を受けてチケットを持っている人間だけが観劇出来る仕組みになっているのだろう。言われてみれば、前後の席に座る貴族達には、何人か見覚えのある顔も居た。
 真ん中の特等席は、どうやら昔の仲間達のみで固められているらしい。エーコ、フライヤ、フラットレイ、サラマンダー、クイナ、スタイナー、ベアトリクス…

 と、そこまで顔ぶれを見回して、エーコは人数が足りないことに気づく。
 「ダガーは? 確か、チケット貰ってたわよね?」
 確かあの日、フォードという人からエーコと一緒に貰ったはずだ。エーコに一枚、そしてガーネットに三枚渡していた。
 スタイナーとベアトリクスが来ているのだから、残り一枚はガーネット自身の分だと思ったのだが…ガーネットの姿はどこにもなかった。
 「陛下は、今日は先約があると仰(おっしゃ)っていた。残念だが、仕方ないのである」
 「わたくし達だけ行くのでは申し訳ない、とお断りしたのですが、是非見に行って欲しいと頼まれて…こうしてやって来たと言うわけです」
 スタイナーとベアトリクスが、何か申し訳なさそうにしていたのはそのためか。エーコは一人納得した。
 「ふぅん…やっぱり忙しいのかしら。でも、それならしょうがないわね」
 ダガーは真面目だもの、とエーコは苦笑した。

 彼女は国のため民のために良くやっているが、もう少し自分のことも考えたらいいのに、とエーコは常々思っている。
 ダガー…ガーネットには、女王としても幸せになって欲しい。
けれど同時に、一人の女性としても幸せになって欲しい。もちろん、エーコもその方が幸せだからだ。
 エーコは手のひらに乗ったままの【イル・ドゥ・モルビアンの結婚式】の半券を見つめる。そこには今日の日付と開演時間が書かれている。

 「…まったく、ダガーもダガーだし、ジタンもジタンだわ。こんな日にお芝居とかお仕事やってるなんて、案外鈍感なのは変わってないのね」

 今日が何の日か、二人とも覚えてないのかしら? いや、ジタンはともかく、ダガーが忘れるなんてことはないはずなのに。
 エーコが大きな溜息をついたその時、ぱっと舞台を明るいライトが照らした。

 …舞台の上には、宮廷式の礼をした銀髪の少年が立っている。
 彼の名前はフォード・エイヴォン。ここにいる皆に、チケットを渡した人物だった。
 「紳士淑女の皆様、本日は【イル・ドゥ・モルビアンの結婚式】特別リハーサルにおいで頂きまして、誠に有難う御座います」
 フォードはよく通る声でそう言って、ゆっくりとその顔を上げた。その挙動はやはり洗練されていて、彼の育ちの良さを伺わせる。
 「突然のご招待にも快く応じて頂いたことに、まずは最大の感謝を。そして今夜のお客様は皆様のみ…どうか心ゆくまで、皆様のための物語をご鑑賞下さいませ」
 フォードはそう言うと、口元で薄く笑った。そしてライトから一歩下がり、もう一度小さい会釈(えしゃく)をしてみせる。
 「では始めましょう。今夜、皆様に銀よりも素晴らしい思い出が残ることを願って」
 フォードが言い終わる。すると、ぱっとライトが消えた。他のライトも次々と消え、客席と舞台は真っ暗闇の中に放り込まれる。

 そして、【イル・ドゥ・モルビアンの結婚式】が静かに、始まった。

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