ランジエとメイリオナ。コーヒーについて。
* * * * *
「助言者君、はいどーぞ!」
コトン、という軽い音と共に、目の前に置かれた物体。ランジエはそれをつい、と見やって、目を細めた。
ホットコーヒーだ。珍しい紅鮮色の瞳が見つめるそれは、いかにも煎れたてです、という感じで白い湯気を立てている。独特の香ばしい香りが鼻をくすぐり、なんとも言えず食欲をそそる。
「…珍しいこともあるんですね、メイリオナ様が煎れて下さったんですか」
「あー、失礼だなあ。私だってね、たまには無償の労働のすばらしさというものに目覚めることもあるんですよ」
からかってみせると、メイリオナはいつもの調子でぷうっと頬をふくらませた。
年上のはずなのに、この人の行動はいつも少し子供じみている。いつも自分を「お姉さん」と指すわりには、お姉さんぶるつもりがあるのかないのか…しかしその仕草や行動を憎めないところが、この人の凄いところかも知れない。
「何か、余計なことはしていないでしょうね」
ランジエは分かる人には分からないくらいに薄く、しかし魅力的な微笑みを浮かべると、そっとティーカップに手を触れた。
メイリオナには前科がいくつかある。研究中の薬だとか何だとか、実験と称して飲み物や食べ物に混ぜたこともあった。大体の被害者ギルデンスターンなのだが、だからといってランジエの食べるものに何か入れないとも限らない。
…そんな命知らずではないと信じたいが。
「ちょっと助言者君? その言い方はいささか失礼なんじゃない? 余計なものなんていっさい! 誓って入ってないよ!」
「やはりそうでしたか。それは失礼しました」
ランジエはようやくわかった、というように今度こそ微笑むと、さっと机の引き出しから二つのケースを取り出した。
ラベルにはそれぞれ「Sugar」、「Milk」とある。
とたんに、メイリオナが信じられない、と言いたげに目を丸くした。
「ま…マイ砂糖…!? ミルクまで…!」
「では、ありがたくいただきます」
うろたえるメイリオナを無視し、鉄壁の笑顔のまま、ランジエ。ついでにマイスプーンまで取り出してさっさと砂糖を溶かし、たっぷりのミルクを入れてくるくる回す。
「ううううう…ブラックコーヒーを知らずに飲んで、涙目になる助言者君のデータを取ろうと思ったのに…」
「今概要を聞いただけで不必要なデータだとわかりました。さらに付け加えるとすれば、人を騙してまで得る価値のあるデータとは思えませんね」
ズバッ、と音がしそうなほど鋭く指摘する。メイリオナはランジエが大の甘党だと知っているのだから、あえてコーヒーをブラックで出してきた時点で有罪だ。許してやる義理はない。
涼しい顔でコーヒーを飲むランジエに、メイリオナは悔しそうな表情で反論した。
「ひどい。騙してなんかないもん」
「余計なことはしていないと言ったでしょう」
「余計なものは入ってない、って言ったのよ!」
「ではやはり嘘はついたんじゃないですか」
かちゃり、とティーカップをソーサーに戻し、ランジエは容赦なくにこりと笑った。
「砂糖もミルクも、コーヒーには必要不可欠でしょう?」