自宅主人公・日暮白夜。
鍵介×主人公。エンディング後、同棲している設定。
2017年、愛妻の日。
* * * * *
「……これ」
「それ」を目の当たりにした白夜は、目を丸くして驚いていた。鍵介はその光景を正面から見つめて、少し照れくさそうに眼を逸らす。
「えー……今日はその、『愛妻の日』らしいので。まあ、ちょうど、同棲して半年くらいにはなるし」
どうぞ、と小声で言って、「それ」をもう少しだけ白夜の方に押しやった。
「それ」とは、小さなミルク色の小箱である。持ち上げてみると少し重みがあって、こそり、と何かが入っていることが伺える。
白夜はしばらく、その小箱と鍵介を見比べて目を瞬かせていたが、やがて意を決したように箱のふたを開けた。
小さな音と共に開いたその中身を見た瞬間、白夜の目が更に大きく見開かれ、「わ」と小さく声が上がる。
「ガラスのくつだ……」
わあ、と吐息交じりの歓声が再度あがった。桜色の唇をはっきりと綻ばせ、その白い手に小さなガラスの靴が乗る。
一月三十一日は愛妻の日。流行りの手書き文字看板に、そう書かれていたギフトショップで見つけたものだった。日ごろ、透明なガラス細工や本の収集に夢中になっている白夜なら、絶対に気に入るだろうと思った。正直、決して安くはなかったが、値段のことはもう思い出さないことにする。
「もらっていいの?」
「そのために買ってきたから」
珍しく頬を紅潮させ、身を乗り出しながら白夜が言った。喜んでくれるだろう、喜んでくれればいいと思って渡したが、予想以上だ。
白夜はしばらくその小さなガラスの靴を色々な角度から眺めながら、ため息をついたり、頬を緩ませたりしていたが、やがて何か思いついたように動きを止める。
「……わたし……まだ鍵介の奥さんじゃないけど」
いいのかな、と。
まさかそこを改めて突かれるとは思っておらず、思わず鍵介も沈黙してしまった。
「いや、その、そうなんだけど! その……先取り、みたいな感じで」
真っすぐにそんな風に言われてしまうと、なんだか遠回しなプロポーズをしてしまったようで、一気に恥ずかしくなってしまう。
……それは、まあ、同棲していて、好きな相手で、そういうことを想像したことがないかと言われたら、絶対あるが。
「(なんか、愛妻の日とかって、僕だけ勝手に先走ってたみたいじゃないか)」
恥ずかしい、と自分に向かって心の中でつぶやいて俯いた。
しかし、白夜は笑うでもなく、もう一度、手の中のガラスの靴と鍵介の顔を見比べる。
「いいの?」
そう尋ねた声が涙に濡れていたので、鍵介は思わず顔を上げた。
「わ、わたし……まだ、全然世間知らずだし、失敗ばっかりだし……これからも、たくさん、鍵介に迷惑かけるけど……鍵介の奥さんに、これからなるかもしれないって、思っても、いいの?」
そういう夢を見ても、いいの? そう尋ねられて、今度は鍵介が目を丸くした。その灰色の瞳から、大きな滴が一つ盛り上がって零れていくのを、呆然と見ていた。
「……はい」
呆然としたまま、それでもそう答えた自分を、今は褒めてやりたい。
白夜は涙を流したまま、「ありがとう」と何度も繰り返した。