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ウンメイノヒト

Posted in Persona4, and テキスト

「真実を覆う共犯者たち」TIPS
足立と『共犯者』。

* * * * *

 「運命の出会いなんて、できることなら一生経験しない方がいいんだ」

 あの人を招くようになってから、何度かそんな言葉を聞きました。
 わたしが、
 「ただ単にもう女の人はこりごりだというだけでしょう」
 というと、あの人は困ったように呟きました。
 「運命の相手っていうのは、必ずしも恋人とは限らないんだよ」
 それは両親かもしれないし、友人かもしれない。
 「もしかしたら、敵かもしれない」
 すうっと、その言葉は音を立ててわたしの心に降りてきました。
 敵であるかもしれない。
 運命の相手は、わたしの敵であるかもしれない。
 わたしを貶め、傷つけようとする敵こそが、わたしを愛し、理解し、守ってくれるひとかもしれないと。
 「だってそうだろう? 運命の人に出会ったら、人は理性では生きられなくなってしまう。その人のことで頭が一杯になってしまって、まともではいられなくなるんだから」
 運命の人というのは、それくらい強烈に惹かれてしまう、危険な存在なんだよとあの人は言いました。
 「今の俺たちを見ればわかるだろう」
 あの人の言葉にわたしはゆっくりと頷きました。
 そう。あの人はわたしの理解者であり、同時に敵でもあったのです。
 わたしたちは、互いが互いの運命の相手だったのです。

 ならばやはり、わたしたちは出会うべきではなかったのでしょう。

 情報化社会、と、この社会が呼ばれるようになってから、もう何年が経つのだろう。
 人々が思っていた以上にその現象は加速を続けているようで、世界中の人間は、今や氾濫した情報の中で溺れているようにさえ感じる。
 ポケットに入れた携帯電話が、不意に震える。
 彼、鳴上悠はそれに気付くなり、慣れた手つきで通話ボタンを押して耳に押し当てた。
 「はい」
 短く答える。相手は分かっていた。液晶の画面に表示されたのは、見慣れた名前だったから。
 『あ、悠君? 今どこ?』
 「駅前です」
 悠は短く答えた。そう、と電話の相手も短く答える。
 足立透。
 いつも冷静だよな、といつだったか友人に言われた悠に比べ、電話越しの彼の声は落ち着きがなく、軽薄に聞こえた。
 しかし、悠はその声が上辺だけのものであることを知っているから、緊張を解かない。
 本当は怖い人なのだ、この人は。俺なんかよりもずっと冷静で、全てを冷えた目で見ている。
 『来週そっちに行くことになったから。顔出すかも知れないし、前ふりしようかな、って』
 「そうですか。分かりました」
 『じゃあね。あ、そうだ』
 一瞬通話を切りそうな雰囲気を出してから、足立はふと、電話越しに悠を引き留めるように言った。
 『夏休みはこっち来るんでしょ。夏祭りあるし』
 「………………」
 悠はどう答えたものか、と黙り込んだ。
 肯定するべきか、否定するべきか。本来なら「行くつもり」か「行かないつもり」か、自分の意志を伝えるべきところだが、今の悠にはそれも出来ない気がした。
 この人が「来るな」と言えば行かないだろうし、「来い」というなら行くだろう。
 『いいよ、来ても。どうせ誘われてるんでしょ、お友達に』
 「……はい。じゃあ、行きます」
 電話越しに意味ありげな含み笑いが聞こえ、足立が言った。悠はやはり落ち着いた声で、そう返す。
 通話が一方的に切れる。悠も、気にする様子もなく携帯電話を耳から離した。

 あの稲羽市で起きた連続殺人事件から、早二年が過ぎようとしていた。
 親の出張が終わり、稲羽を離れた後、悠は普通に受験生になり、普通に大学生になった。
 それなりに充実していたはずの日々だったが、なんとなく空虚に感じるのは、あの一年が鮮やか過ぎたからだろうか。
 それとも、あの時の自分の選択が、未だに心で引っかかっているからか。
 「特別捜査隊」のリーダーとして、連続殺人事件を追い、仲間達と過ごしたあの一年。
 一応事件の犯人は捕まり、事件は解決、ということになっていた。
 今も「一応」という言葉を前に置いてしまうのは、悠が、悠と足立だけが、あの事件がまだ終わっていないことを知っているからだった。
 犯人は、捕まってなんかいない。真相も、誰にも暴かれてはいない。
 暴いた人間と犯人が、示し合わせて口をつぐんでしまったから。

 コンクリートジャングル、と揶揄される都会の街並みを横目に見ながら、悠はゆっくりと帰路を辿る。
 ショウウィンドウに映った自分は……少し、疲れた顔をしているような気がした。
 指先は、無意識に携帯電話の入ったポケットの辺りを彷徨う。

 『この番号からかかってきたら、すぐ出なよ』

 あの日、足立に言われた通りに。
 番号を変えても無駄だと、彼はせせら笑った。それがどこまで本当かなんて、もう悠にはどうでもよかった。
 裏切る気なんて、誰かに真相を、犯人を話す気なんて、もう無かった。
 二年という時間の中で、もう自分も、足立も、引き返せないところまで来てしまった気がしていたから。
 それは絆というにはあまりに無惨で、腐れ縁というには強すぎる繋がりだった。
 しがらみ。あるいは呪いのような何か。
 足立はこの関係を、冗談交じりに「運命の相手」だなんて言っていたことを思い出す。
 運命の相手なんて、出会わない方が幸せなんだと。でも出会ってしまったらしようがないと。
 その言葉の意味を、一瞬計りかねて。でもすぐに理解して。
 否定しようとして……出来なかった。
 ただ足立の言葉に、ゆっくりと頷くことしかできなかった。

 「夏休み、か」
 足立がいいというのなら、久しぶりに戻ってみようかと、悠は考える。
 ……こんな後ろめたさを抱えながらも、まだ「戻る」という感覚でいる自分に、少し驚いた。
 仲間達には絶対に言えない秘密を抱えながらも。酷い裏切りだと自分でも思うことをしていても。
 それでもまだ、あの町は「帰る」ところだと思っている。
 そして、帰れることを期待している自分が、なんだか可笑しかった。
 悠は携帯電話を取り出し、電話帳から「堂島」の名前を探した。
 「……叔父さん? 悠です。はい、お久しぶりです。あの、夏休みなんですが」

 運命の相手なんて出会わない方がいいんだよという足立の声が、耳から遠ざかる。
 それが本当に警告だったのだと気付いたのは、全てが取り返しの付かないところまで来てからだった。