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あなたがくれたハッピーエンド

Posted in Caligula-カリギュラ-, and テキスト

自宅主人公・日暮白夜。
鍵介×主人公。
遅ればせながら2018年ホワイトデー記念SSです。
カカオ0%でお送りしております。

ハッピーホワイトデー!

 

 

 冬はゆっくりと足音を遠ざけ、代わりに春が顔を出そうとしていた。
 毎日のように「今年一番」の冷え込みを告げていたニュースもその話題を変え、春の嵐だ、桜の開花はいつだ、と忙しい。
 「牛乳と……卵も買ったし……」
 鍵介は片手でスマートフォンを操作しながら、買い物袋の中身を確認する。買い物リストに記載されたものを一つ一つ確認して、全て揃っているのを確認してから前を見た。
 鍵介と、そして白夜にとって激動の一年が終わり、新しい年が始まった。そして、早くも春を迎えようとしている。
 秋ごろから始めた同棲生活も、ようやく落ち着いてきたところだ。クリスマス、大みそか、正月と、イベントを一通り過ごして、楽しくも慌ただしい数か月だった。もちろん、二月の鍵介の誕生日には、ささやかながら二人でお祝いもした。
 一緒に毎日を過ごすうちに、買い物、掃除、洗濯などの家事も、なんとなく担当やセオリーが生まれてくる。
 それに照らし合わせるなら、荷物が多くなる買い物はいつも二人連れ立って行くのだが。昨日、白夜が牛乳を買い忘れたと自宅に帰って来てから気付いたのである。明日、帰りで良ければ買ってくる、と申し出たのは鍵介だった。
 いつもより視界がすっきりしている気がするのは、久々に一人で買い物に出たからだろうか。あと、流れていく景色も少し速い。無意識ではあるが、視界も歩く速度も、白夜に合わせていたのだなと思う。
 そしてそんな自分が、少しだけ誇らしいというか、嬉しい。
 「……喜んでくれるといいけど」
 言って、鍵介は袋の中にあるものを、そっと指でなぞった。

 ただいま、と声をかけてドアを開けると、ぱたぱたと小走りの足音が近づいてきた。
 「おかえり鍵介。ありがとう」
 そして、白夜が嬉しそうな笑顔でそう迎えてくれる。
 その笑顔が本当に嬉しそうで、悪いなと思いながら、鍵介はいつも人懐っこい子犬を重ねてしまうのだった。
 「ただいま。全然いいよ、これくらい。あとこれ、どーぞ」
 鍵介は買い物袋を降ろし、別の袋を取り出した。白夜が不思議そうに小首をかしげる。
 白を基調としたパッケージに、青いリボンの小さな箱。リボンの結び目の辺りには、掌の上に乗るほどの、小さなクマのマスコットがついている。
 「お返し。ホワイトデーだから」
 そう言うと、白夜はやっと合点が言ったらしい。表情をほころばせた。
 「かわいい」
 「眞白が好きそうだなと思って」
 クマのマスコットがついているのがポイントだった。案の定、白夜は「大正解」と満面の笑みで答えてくれる。
 マスコットはキーホルダーになるらしく、眞白は家の鍵に付けると言って早速かちゃかちゃとやりだした。
 「鍵介、覚えてる? 前のバレンタイン」
 「前の……って」
 不意に白夜が、試すような口ぶりでそう切り出す。
 直前の、鍵介の誕生日前のバレンタインのことなら、もちろん覚えている。でもこの口ぶりからして、そのことではないのだろう。だとすれば残るは「あのとき」のことだ。
 「メビウスにいたとき、言ってくれたでしょう。渡しそびれたチョコ、一緒に食べてくれて、『来年はきっと渡せますよ』って。その通りになって、嬉しかった」
 キーホルダーを付け終わって、それを目の前で揺らしながら、白夜はしみじみと言った。そして鍵介に目配せすると、鍵介の隣に移動してきて、隣に座る。
 「あー……やっぱあれって、僕に渡したくって買ったけど、渡せなかったってやつだったんだ。なんていうか……めちゃめちゃ恥ずかしいことしてたんだな、僕」
 肩に白夜が頭を乗せる感触を感じながら、鍵介は苦笑する。
 ……白夜がバレンタイン用のチョコを用意しているのを見て、いったい誰に渡すんだ、誰が好きなんだと勘ぐって気が気ではなかった時のことを思い出す。
 実際は二人してすれ違って、空回りしていたわけだ。蓋を開けてみればなんて滑稽で、なんて恥ずかしい話なのだろう。
 「そうかな。私は凄く、夢みたいで嬉しかったけど。最後の最後で逆転の、ハッピーエンド」
 鍵介の肩にかかる白夜の重みが少しだけ増す。甘えるような白夜の仕草に、鍵介も微笑んで、その頬を撫でた。
 「ハッピーエンドだった?」
 「それはもう、大団円だったよ」
 力を込めて力説した白夜にこらえきれずに、鍵介は噴出した。
 なるほど。色々恥ずかしかったけれど、白夜がそう言ってくれるなら、文句なしのハッピーエンドだったのだろう。
 そのとき、くい、と服の裾が引っ張られる。視線を向けると、白夜が何か言いたげに、鍵介を見上げていた。
 「鍵介、お返しのことだけど」
 言いにくそうに、白夜は小さな声で言う。
 「……お返し、渡したけど?」
 「世間の相場は三倍返しなんだよ」
 不思議に思ってそう返すと、白夜はやっぱり、言いにくそうにそう追いうちをかける。
 しばらく意図を測りかねて固まっていたが、やがて、白夜の目をじっと見ていた鍵介が、不意に微笑んだ。
 「そうだった」
 そう言って、白夜を抱き寄せて唇を重ねる。白夜も両手を伸ばして、鍵介を抱きしめ、それに応えた。
 少しずつ角度を変え、何度もキスを繰り返す。やがて、鍵介が桜色の唇をそっと舌でなぞると、少しだけくすくすと笑って、口付けがそれから深くなる。
 あの日、手に触れることはおろか、チョコレートを渡す相手さえ聞けなかった二人が、こうして恋人をしているのだから、世の中分からないものだ。
 「三倍って、どれくらいかな」
 キスでは足らなくなってきて、鍵介が肩口に顔を埋めていると、甘い吐息の間で白夜が言う。
 「眞白が決めて」
 ちゅ、と音を立てて首筋に吸い付いて痕を残すと、白夜が切なげに声を上げた。そうしてしばらく、からかうようにじゃれあっていると、白夜がたまりかねたように言う。
 「……ベッドいこっか」
 事実上の降参宣言に内心ほくそ笑みながら、鍵介は「了解」ともう一度白夜に口付けたのだった。