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そんなものに憧れないでよ

Posted in Caligula-カリギュラ-, and テキスト

鍵主♂。2019年鍵介誕生日記念その2。
名無し主人公。 

 二月二十七日。冬の終わりが近づき、春への扉が見え始める季節だ。もしもその扉に窓でもついていたのなら、気の早い猫はぴょんとその窓際に飛び上がり、待ち遠しく外を眺めることだろう。

 「そんなロマンチックなこと、考えたこともなかったです。早生まれで損だなぁと思ったくらいで」

 そういうと、鍵介は可笑しそうに笑ってそう言った。褒められているのかよくわからなかったので、曖昧に首をかしげておく。
 「二月二十七日。誕生花は……オーニソガラム。花言葉は純粋、才能――別名ベツヘレムの星」
 手元で開いた本に視線を落とし、そこに書いてある文字を、無感動なトーンで読み上げた。目の前に座る鍵介に視線を移し、その胸元を注視する。
 彼の胸に咲く花の名前だ。白く清廉で、潔癖な一輪。
 「『才能』ねえ。誕生花の花言葉にもなってるのに……手厳しい話です」
 皮肉気に鍵介はそう言葉をこぼす。この場合の皮肉は、鍵介が鍵介自身に向かって言う皮肉だ。
 自分に才能などない、自分は平凡だ、鍵介は言外にそう言っている。
 その話には乗らず、もう一度本に目を落とす。そして指先で、「星」の部分をなぞった。

 「ここで言う才能ってさあ……カミサマになる才能だったりするのかな」

 『純粋』の方は、その清廉で真白な花の見た目からつけられた花言葉らしい。それなら『才能』は、『星』にちなんでつけられたのだろうか。
 その『星』は、神の子へと人を導く星だ。全知全能の。万能の。あまねく人を救い導くカミサマの『才能』。それがこの花に込められた意味なのか。
 「もしそうだったらさ。鍵介にそんな才能、無くてよかったな、って思う」
 「……なんですかそれ。酷くないですか、先輩?」
 正直にそういうと、鍵介がじとっとした目で睨んできた。
 才能、という言葉には敏感な後輩だ。周りが思うよりもずっと繊細で、やわらかな心をしている。
 「だって、カミサマみたいになっちゃったら、鍵介が救う側になっちゃうじゃないか」
 そんなのいやだよ、と続けながら、口の端を持ち上げた。

 「鍵介だって、助けてほしいときがあるでしょ。カミサマじゃ、助けてなんて言えなくなるよ」

 例えばそう、このメビウスを作り上げた、女神のような彼女みたいに。
 人の「たすけて」に耳を傾けるあまり、自分の悲鳴にも気づけなくなる。
 そんなのはきっと悲しい。
 「だからさ」

 そんなものに憧れないでよ。