鍵主♂。自宅主人公・日暮白夜。
二人の秘密の時間。
無意識にやってしまう癖ってあるよね。
人の癖というものは、自覚が無いから癖なのだろう、と思う。
いや、たとえ自覚があったとしても、それを即座に治すことが出来ないほど習慣化しているから「癖」なのだ。
そんなことを、鍵介は唐突に考えていた。視線の先には、部室で秘密のおやつを楽しもうと準備をする白夜の姿がある。
「お菓子があるんだけど……その。人数分ないから……みんなには内緒、な」
少し申し訳なさそうにそう言って、鍵介にもひとつくれた。掌に収まってしまうほどの小さな和菓子。ひよこの形を模したそれは、現実でも有名な銘菓だった。
白夜はたまに、こうやって鍵介を誘ってくれる。内緒、と付け足されるその甘酸っぱい響きに、毎回少し照れくさく思いつつも、嬉しいのは秘密だ。
「お茶を煎れるね」
そう言って、慣れた手つきで温かいお茶を煎れてくれる。白夜はお茶を煎れるのも飲むのも好きらしく、鍵介もこういう時は下手に気を遣わないことにしていた。
やがて湯気を立てるお茶が入れられて、白夜も椅子に座る。「どうぞ」と声がかかってから包みを開けた。包みを解かれたひよこの銘菓は、つぶらな瞳?でこちらを見上げている。
鍵介は何となく、それを一度見て、それから白夜の方を見た。
「いただきます」
一方白夜も行儀よくそう言って、ひよこを持ち上げ、目元を和ませている。それからおもむろにひよこを目の高さまで持ち上げて、そのままくちばしの部分にちょん、と口を付けた。
「…………あの先輩、一つ聞いていいですか」
「なに?」
「先輩って、たいやきとかひよこまんじゅうとか、そういうものにキスしてから食べるの、癖なんですか」
「え」
白夜がその言葉に、一瞬で固まる。そして、びっくりしたような顔で、手元のひよこと鍵介を交互に見た。
そして、みるみるうちに真っ赤になっていった。
「えっ、え、あ、そ、そんなこと……そんなこと、ない、と思う……けど」
「でも毎回やってますよね」
「そ、そう!?」
「はい」
そう答えてやると、白夜は真っ赤なまま俯いてしまった。どうやら、まるで自覚は無かったらしい。
「そう、だった、かな……いや、その、なんか、ごめん」
気の毒なほど小さくなってしまった白夜を見て、鍵介は悪いことをしたかな、と思いつつ、何か自然と笑みが零れてきてしまう。
この時間は二人だけのものだから、こんな白夜の姿を見るのも自分だけだ。それが嬉しい。
「謝らなくていいですよ、可愛いなって、思っただけです」
いただきましょう、とわざと明るめに声をかけて、この日も秘密の時間が始まった。
* * *
顔が熱い。心臓が爆発しそうなほどドキドキしているし、苦しい。
鍵介に「癖」を指摘されるまで、全く自覚は無かった。言われてみれば、動物をかたどったお菓子は元々好きで、可愛らしいなと思って食べていたが。そんなことをしていたのか自分は。
「(鍵介に、誰彼構わずキスするような奴だって思われてたらどうしよう)」
そんなはずはないのだが、白夜は緊張と恥ずかしさで思考が一直線に固まってしまっている。
「可愛いなって、思っただけです」
しかも、鍵介がそんなことをいうものだから。余計に恥ずかしいやら……嬉しいやら。
「(鍵介は、みんなに、優しいから……俺が、うろたえてるから、気を遣ったんだ。きっとそうだ)」
勘違いしてはいけない。とりあえず落ち着くんだ。そう言い聞かせ、意識してゆっくりと呼吸する。
とりあえずひよこは置いておいて、お茶を飲むことにした。たまに鍵介の方をちら、と見ると、鍵介は意味ありげに微笑むばかりで、ますます顔が見られなくなる。
やっぱり変な奴だと思われて見られているんだろうか、どうしよう――そう思ったその時。
唇に、柔らかい生地の感触が触れた。そして、甘いお菓子の香りも漂ってくる。
「うばっちゃった……って、なんか昔CMでありませんでしたっけ、こういうの」
なんて、と鍵介が笑っていた。鍵介の手には鍵介の分のひよこがいて、それを白夜の唇に押し当てたのだ。そう理解するまで数秒を要した。
「じゃ、いただきます」
そしてあろうことか、鍵介はそのひよこをぱくりと食べてしまう。
白夜の唇に触れたひよこをだ。
白夜の頭が一瞬で真っ白になり、必死で今目の前で起こったことを理解しようとするが、上手く行かない。
「な」
「どうかしました?」
もぐもぐと口を動かし、悪戯っぽく笑う鍵介に、白夜はやはり顔を真っ赤にし、その場に崩れ落ちる。
「なんてこと、するんだ……」
もう一生、顔を上げられない。