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Examination

Posted in Caligula-カリギュラ-, and テキスト

「試してみようか」。
小鳥と琵琶主♂ in メビウス。 部長=小鳥遊和詩です。





















「案外、絵になるものだ」
 彼の有り様を見かけたとき、最初に出た感想がそれだった。
 一応、褒めたつもりだったのだが、当の彼はお気に召さなかったらしく膨れっ面だ。
「見てないで助けろ! ……こら、たかるな! 俺のメシを食うな!」
 こちらに文句を投げつけた隙に、彼……小鳥遊和詩に群がったのは多種多彩な小鳥たちだった。
 いま彼はどういうわけか鳥たちと弁当争奪戦の真っ最中だ。たまたま部室を通りかかった琵琶坂が見つけなければ、きっと孤独に戦い続けていただろう。
 帰宅部部長はなにせ顔立ちが整っているので、可愛らしい小鳥たちと戯れている(?)姿は一見して眼福ものだ。だが、当事者としてはたまったものではないようだった。
「舐められているんだよ。もっと毅然とした態度で追い払いたまえ。あと、窓を閉めるべきだね」
「さっきからやってる。でもまたすぐに集まってくるんだよ! 追い出してからじゃないと窓も閉められねーし……こら、つつくな! それはとっておきのやつだ!」
 ふむ、と琵琶坂はため息交じりの相槌を打つ。そして、おもむろに鳥と部長の戦いに割って入ったかと思うと、その長い腕で手際よく小鳥の群れを追い払いにかかった。
「うわ」
 ぶん、と風を切る音がして、鳥の甲高い鳴き声が続く。あと、部長のやや情けない悲鳴も。たまにある鈍い手応えは、逃げ遅れた小鳥が腕にぶつかったためだろう。
 その攻撃には流石に空腹の小鳥たちも諦めざるを得なかったらしい。蜘蛛の子を散らすように散開し、一目散に窓の外へ羽ばたいていった。
「これでいいかな?」
 鳥たちが出たのを確認したあとすぐに窓を閉め、琵琶坂はスマートな笑みを浮かべる。それをぽかんと眺めている和詩は、頭や肩に降り積もった鳥の羽のせいもあってひどく滑稽に見えた。
「……もうちょい優しく追っ払えよ。可哀想だろ」
「助けて貰った分際でダメ出しとはいいご身分だ。あいにく、部室でまでNPCに配慮するほど暇じゃない。だいたい、気味が悪くていたわる気になれやしないよ」
 和詩はそう説かれてもどこか不満そうだ。
 ふと、琵琶坂の唇が意地悪く持ち上がった。
「それにしても、言うに事欠いて『可哀想』とは。可笑しいったらないな」
 びり、と空気が震えた気がした。部長の纏う気配が一変し、空気が底冷えしたのがわかる。
 彼の機嫌を損ねるのなんて簡単だ。少なくとも、琵琶坂にとっては。
「それは誰の受け売りだい。ママかパパか……それとも学校の先生かな?」
 相手が黙っているのをいいことに、流れる水のように言葉は続く。
 最近、部長は琵琶坂に踏み込まれそうになると反応をよこさなくなった。まるで琵琶坂を幽霊か何かのように扱い、徹底的に無視するのだ。
 だがその幽霊は意に介さない。むしろ無駄な抵抗はやめろというように、その耳元で逃れ得ぬ呪詛を吐くのだ。
「白々しいんだよ。本当はそんなこと、ちっとも思ってないくせに」
「……っ!」
 無視できない言葉、あどけない少女のような声なき声を耳朶に感じ、琵琶坂は満足そうに笑みを深くする。
「でも、とっさにそのタテマエが出てくるところを見ると、君の両親や先生は、君にずいぶんと手の込んだ躾を施したんだろうね。実にうまく擬態できてる。金に換算したら結構な額いきそうだ」
 くすくすと、無邪気に笑いながらおもむろに手を伸ばす。その長い腕が今度は和詩の細い肩に回り、まるで壊れ物を扱うように抱き寄せた。
「……とうさんにもかあさんにも感謝してるよ。みんながいなかったら、俺はまともな人間にはなれなかった」
 あえぐような声だった。そう答えるのが正しいのだと自らに言い聞かせる、空々しい言葉だ。ちっとも力を入れていないはずの琵琶坂の腕が、見えない力で彼を締め上げ、何か得体の知れないものを絞り出そうとしているのかも知れなかった。
「小動物をきちんと可哀想がれるような、そんなまともな人間に……かい?」
 ふと、和詩を拘束する腕が緩む。その代わりにカタン、と金具が外れる音がして、さきほど閉められたはずの窓が再び開いた。
 涼しい風が流れ込んでくる。
 ここは今ひどく息苦しかった。だから、新鮮な空気を求めて和詩の視線は自然と窓の方へ向く。
「なら、試してみようか」
 窓枠に、小鳥が一羽とまっていた。
「!」
 嫌な予感。今すぐ逃げ出したいのに、それとは裏腹に身体はこわばるばかりだ。
 何も知らない小鳥はいたいけな様子であっさりと琵琶坂の手のひらに乗る。NPCだからだろうか、ひどく人懐こいようだった。
「手を出したまえ」
 ジジ、と、その手のひらの上でノイズが走る。
 ホコロビが見える和詩たち帰宅部にとっては、どれだけ可愛らしい小鳥もノイズ混ざりのハリボテだ。琵琶坂が『気味が悪い』というのも仕方がない。
 それでも、だ。
「……ぅ、」
 手のひらの上で、小鳥が首をかしげる仕草をする。時折うつくしい声で囀ってみせる。
 たとえハリボテであっても、それはまだ生き物の輪郭を強く残し過ぎていた。
(俺は)
 想像力が頭の中に未来を描き出す。あのやわらかで愛らしい生き物を手のひらの上に乗せたら、自分は一体どうなるのか。
 無意識に手が震える。
 普通の人間であれば、あの小さな生き物を見て、心が和んだり、大切にしたいと考えるのだろう。
 だが、和詩は。
 その答えに手がかかるその瞬間だった。
「僕が代わりに君の答えを教えてあげようか」
 先に琵琶坂が口を開いた。と同時にその指が蜘蛛の足のように蠢き、ゆっくり、そしてじわじわと小鳥を包み込んでいく。
 和詩の身体から一気に血の気が引いた。
「やめろッ!」
 ばさばさ! と。羽音が語尾をかき消す。突然の大声に、小鳥が慌てて飛び立ったのだ。
「あ……」
 つう、と、汗が頬を伝う。とっくに窓は開いていたのに、ようやく、今やっと外の空気を吸えた気がした。
「……良い表情だ」
 もう空っぽになった手をほどき、琵琶坂は心底満足そうに笑う。
 そうしてその腕が再び、今度は小鳥ではないものを捕まえるためにゆっくりと広げられた。