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世界線越しのラブソング1(DX3rd)

Posted in その他, and テキスト

DX3rd、main様(@main_1069)GMのセッション、
「君の傍にいたいから」に参加させていただきました。

素敵なリプレイはこちらから→「【DX3rd】君の傍にいたいから①

自PCの菜乃花と、同じ卓でご一緒した
なりへいさん(@nariheiheTRPG)のPC、龍巳クリフくんをお借りしています。
許可いただきありがとうございます!

1話で完結するとは言っていない。

1.

 目が覚めたら、世界は一変していた。
 運命は好転し、理不尽は跡形もなく、遠かった『当たり前』は手のひらの上に。
 突然降ってわいた日常を、私はただ呆然と見つめていた。

* * *

 無事退院して、諸々の手続きもすべて終わって、外に出たのは真夏のことだったと思う。
 耳をつんざくような蝉の合唱。じりじりと肌をやく、眩しいほどの陽の光。そして、どこまでも高く広い空。
 「ふぁー……」
 菜乃花は「ぽかん」と口を開け、それを見上げていた。その姿はけっこう間が抜けていて、今年高校生になる少女にしては、あまりに幼すぎる仕草に思える。
 「空って、こんな高かったっけ」
 ぽつりと呟いて、菜乃花は小さくため息をついた。

 ……最後に窓枠のついていない空を見たのは、もう何年も前のことだ。
 幼いころ、何回か許された一時帰宅の際、両親に連れられて外出した。それも、生まれつき身体が弱かった菜乃花は、そう遠い場所へは出かけられなかった。行けたとしても自宅近くの公園。一度だけ、車で水族館へ連れて行ってもらった覚えがあるくらいだ。
 『ごめんね、もっと遠くへ、たくさん連れて行ってあげられなくて』
 両親はそのたび、菜乃花にそう言って謝った。
 『ううん、公園楽しい。水族館も凄かったよ。また行こうね』
 菜乃花もそういわれるたび、そうやって返していた。

 落ち込んでも、病気が治るわけではない。泣いても、両親が笑ってくれるわけじゃない。
 だから毎日毎日、楽しいことを探した。小さな幸せを探し、見つけては笑顔を浮かべた。
 両親が暗い顔をしているとき、強張った表情をしているときほど、菜乃花は強がって笑ったものだ。
 ……菜乃花が『元気になった』今となっては、もう二度と行われないやりとり。そう思っても、思い出すと胸の奥がちくりとする。無意識に心臓の当たりに手を触れた。

 幼いころに見た空は、これよりずっと近かった気がするし、狭かった気がする。
 菜乃花が病院の天井ばかり眺めている間に、空もいくらか領土を広げたんだろうか?
 そんな馬鹿なことを考えて、自分で思わず笑ってしまった。
 「お迎え、いつ来るのかなあ」
 菜乃花は手元の時計に目を落とす。約束の時間からは五分ほど、過ぎている。
 「(まあいいか。霧谷さんからは、『多少遅れるかも』って言われてるし……気長に待とう)」
 とにかく暑さをしのぐべく、菜乃花は出入口近くのベンチへ向かった。ちょうど大きな樹が植えられていて、風通しもいい穴場だ。
 近くの自動販売機で冷たい飲み物を買い、ベンチに腰かけた。

 待っているのは両親の迎えではない。『組織』からの迎えだ。今日はこのまま『組織』の支部へ向かって、挨拶と案内を受けることになっている。両親には、『退院したらその足で友達と遊びにいく』と嘘をついた。
 心は多少痛むが、しょうがない。両親には秘密、という約束だ。
 秘密だの組織というと、映画かドラマの見過ぎでおかしくなったのかと思う。が、信じられないことにすべて真実だった。
 生まれつきの病気、そして病みやすい身体。十代での余命宣告。その全てを覆し、菜乃花を治癒したのは、『レネゲイド』というウイルス。それによって『オーヴァード』となり、菜乃花は「普通の病気くらいでは死なない身体」になった。
 他にも細かいことはたくさん言われたが、要するに、菜乃花に起こったのはそういう奇跡なのだった。
 
 そんな奇跡に見舞われて、ふと思う。あの長い長い強がりは、結局何かのためになったのだろうか。
 降ってわいた不幸に必死で強がって、結局降ってわいた幸で救われた。
 だとしたら、あの日々は、あの強がりは、なんて空しい――

 「おい、久方菜乃花ってお前か」
 そう呼びかけられ、菜乃花は思わず手を下ろし、声のしたほうを見た。
 「あ、はい、そうです」
 男の子だった。背は菜乃花よりも高くて、声は低くて、たぶん同い年くらいだろう。
 病気のせいで高校に通うことなく16歳になった菜乃花にとって、「同い年の男の子」というのは想像以上に遠い存在だ。
 しかし、彼をしげしげと眺めてしまったのは、それだけが理由ではない。
 「霧谷さんに言われてきた。UGNの龍巳だ。好きなように呼んでくれ」
 たつみ、と名乗った彼の髪色は、おおよそ日本人らしくなかった。顔立ちも、整っているのはもちろんだが、どこか日本人離れした印象を受ける。
 「えと、たつみさん?」
 「ああ」
 「下のお名前聞いてもいい?」
 好奇心が抑えきれず、そう尋ねる。すると龍巳は少し眉根を寄せたが、少し目を泳がせてから「クリフ」と答えた。
 やっぱり! と菜乃花は驚きと確信に胸をとどろかせた。
 「クリフくん! かっこいい名前だね! 私は久方菜乃花です!」
 「だから、それはさっきそう聞いただろ」
 「ちなみに漢字は、菜の花に、乃木坂の乃に、花だよ!」
 「あ、ああ、そう……」
 菜乃花の勢いに気おされたのか、クリフが少し後ずさった。しかし菜乃花は興奮していてあまり気づいていない。
 「クリフくんがUGNの人なんだよね? 霧谷さんとも知り合い? 年はいくつ? 同い年くらいだよね? 私は今年16で」
 「おい落ち着け、そんな一度に答えられるか! しかもさらっと下の名前で呼ぶな!」
 そこまで言われて、やっと菜乃花は我に返る。
 「ご、ごめん……」
 クリフはバツが悪そうにため息をついてから、菜乃花に手招きする仕草をした。
 「……いや、別にいいけど……とにかくついてこい。支部までは歩きだ」
 そう言って、クリフは結局、質問には一つも答えずに背を向け歩き出す。菜乃花も慌てて後を追った。
 
 真夏の街中は、夏休みのせいで平日でもそこそこ人通りが多い。車道を車が走る音と、雑踏と、人々の話声にあふれ、活気に満ちていた。
 時々人にぶつかりそうになりながら、菜乃花はなんとかクリフの後をついていく。
 「にぎやかだねえ」
 「これくらいは普通だろ」
 誰に言ったわけでもない菜乃花のつぶやきに、クリフが素っ気なく応じた。そういうクリフは、菜乃花と違ってすいすいと人の間を縫っていくので、やはり慣れているのだろう。
 車ではなく徒歩で街を歩くのは、菜乃花にとってほぼ初体験だ。オーヴァードになって病状が回復するまでは、病院内での移動でさえ車椅子だった。
 「わ、と」
 そんなことを考えている間に、また肩がぶつかりよろめいた。相手は急いでいるらしく、菜乃花には目もくれずに歩き去っていく。
 たたらを踏んだ菜乃花の肩を、誰かがぐい、と引っ張った。おかげでバランスを取り戻す。
 「危なっかしい奴だな」
 クリフは少し呆れたような表情でそう言った。菜乃花は思わず照れ笑いする。
 「あはは……えーと、なんか、ごめんね。あんまり歩くの、慣れてなくて」
 そう言うと、クリフは少し怪訝そうな顔をした。が、しばらくして何か思い当たったらしく、ふいと目を逸らす。
 町中の雑踏が、嫌にうるさく沈黙を引き立てる。
 「……悪かった」
 ああ、私が病気だったこととか、知ってるのかなあ、と、菜乃花はぼんやり思う。
 だとしたら、余計な気を遣わせてしまっただろうか。
 「ううん。私の方こそごめん。龍巳くんに気を遣わせちゃったね」
 「謝んな」
 菜乃花が謝ると、クリフははっきりそう返す。きっぱりとした声だった。思わず菜乃花が黙り込み、クリフを見つめ返してしまうくらいには。
 「お前が悪いわけじゃないんだろ」
 言われて、菜乃花は今度こそ、何も言えなくなる。

 ああ、うん。そうだ。そうだった。

 吸った息を吐けなくて、なんだか目の奥の方が熱い。
 「うん」
 込み上げてくるものをこらえて、菜乃花はうなずく。声はなんとか震えていない。
 大丈夫、何かをこらえて笑うのは得意だ。
 「ありがと、クリフくん」
 そういって名前を呼んだけれど、彼は今度は何も言わなかった。