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急いては事を仕損じる

Posted in Caligula-カリギュラ-, and テキスト

自宅主人公・日暮白夜。鍵介×主人公。
お茶美味しく煎れるコツについて。

* * * * *

 お茶を上手く煎れるコツは湯の温度だそうだ。
 「日本茶なら70度前後。紅茶なら95度前後。玉露とかなら、もっと低い方がいい」
 平坦で控えめな声がそう語りながら、ティーポットを傾ける。鍵介はそれを、「へえ」とか適当に相槌を打ちながら、ぼんやりと眺めていた。
 白い陶器のティーポットはふんわりとした曲線を描く丸形だった。なんでも、この形も紅茶を煎れるのに最適なのだとか。
 こんな適当な相槌なのに、白夜にとってはそれがとても嬉しいことのようで、淡い微笑がうかんでいる。
 「紅茶はそこまで気を遣わなくていいから、簡単だよ。日本茶は少し難しい」
 「なんでですか?」
 やはりぼんやりと、温まっていくカップを見ながら相槌を打つ。
 「あまり高い温度で煎れると、渋みが強くなって飲みにくくなる。逆に低めの温度で煎れると、甘みが強くなって飲みやすいんだ。極端な話をすると、水で煎れるとほとんど渋みは出ないんだよ」
 どうぞ、と軽く声をかけられて、目の前に紅茶の入ったカップが出される。白い湯気の上がるそれは、なるほど美味しそうな色と香りをしていた。
 「その代わり、甘いお茶は抽出に時間がかかる。一晩くらいかな」
 「なるほど、甘いものを得たければ時間をかけろ、っていうことですね」
 「つまりはそういうことだ。急いては事を仕損じる」
 哲学的だ、と少し茶化すと、彼は少しおかしそうに笑った。
 出された紅茶を少し飲んでは、正面に座って同じように紅茶を飲む白夜を見つめる。
 こんな風に、自分の持つ知識や技術について饒舌な彼は珍しい。といっても、彼は現実にいた頃の記憶をほとんど喪失しているらしいので、そのせいもあるだろうが。お茶の扱いに慣れている理由が、失った彼の過去の中にあるのだろうか。
 本当はもっと彼について知りたい。もっともっと、ちゃんと、好きな人の心に触れたい。一秒でも早く。
 そう願うのは、やはり過ぎたことだろうか。
 「……急いては事を仕損じる、ね」
 飲み終わってカラになったカップを片手に、鍵介は白夜の言葉を反芻した。そうして唐突に、不思議そうに小首を傾げる白夜の方へ身を乗り出す。
 テーブルに片手をついて、すい、とその顔をその白い肌に寄せた。
 ちゅ、と微かに唇に触れたその瞬間、白夜が目を見開く。その反応が楽しくてしょうがない。
 「な、っえ?」
 すぐに元通りに着席して、鍵介はくつくつと意地悪気に笑った。白夜はまだ顔を赤くして、何が起こったのか確認中のようだ。
 「急いでも甘いですけどね」
 なーんて、とおどけて見せたら、瞬間、鋭い平手が脳天に飛来した。
 痛い。ぱしんって小気味いい音がした。
 「暴力反対です」
 「自分のやったことを棚に上げるなっ、な、なんの前触れもなく、軽々しくこういうことをするのは、その、良くないと思うっ」
 耳まで顔を真っ赤にしながら、白夜はつっかえつっかえそう主張した。
 鍵介は大きくため息をついて、「そうですか」と返す。
 「じゃあ、先輩のリクエストに応えてもっと明確に、誠実に言葉にしましょう」
 まあ、そうしたらそうしたで、またあなたは顔を真っ赤にしてしまうでしょうけど。
 「好きですよ、先輩。キスしていいですか?」