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意味も知らず歌う恋の歌を(ジョシュア×リチェ)

Posted in テキスト, and ルーンの子供たち・TW

ジョシュア×リチェ。
空飛ぶ船の上で歌を聞いた話。

 歌が聞こえた。楽器の音は一切しないが、透き通った歌声だけが耳に届く。ア・カペラだった。
 嫌味なくらい外れない音と、伸びやかな歌声。もう伴奏なんて最初から要らないんじゃない、と、楽器が拗ねてもおかしくはない。
 相変わらず大天才。ただしイッちゃう寸前だけど、とリチェはもう感動するのも忘れてため息をついた。
 しかし、彼も慣れない旅で疲れているのだろうか。今日の歌はどこか投げやりというか、真剣さに欠けている気がした。

 歌っているのはジョシュアだった。自分とマキシミンとジョシュア、この三人旅で歌なんて洒落た趣味を持っているのはジョシュアだけなので、当たり前だが。
 空を行く船の上、風を受けながら歌うジョシュアの背中を見つめた。ひょろりとしていて、お世辞にも頼もしいとは言えない。どちらかというと、聞こえてくる見事な高音も相まって、男装した女性、と言った方がしっくりくるくらいだ。……背丈だけはしっかりあるので、それもちょっと違和感があるか。
 夜風と共に耳をくすぐるその歌は、バラードだった。切なげな音程をとんとん踏んで、高く低く続いていく。
 「(まだるっこしい歌詞。と言うか、女の歌じゃない)」
 リチェはストレートな感想を持った。まあ、元々バラードなんて恋についてあれこれ思い悩む歌詞が多いものだ。持って回った言い回しがつきものだし、ジョシュアが歌うのに女性の歌だろうが男性の歌だろうが問題は無いのだが。
 「何の歌?」
 リチェはジョシュアの背中側から、歌の途中だなんて気にもせずに尋ねた。ふつりと歌声がとぎれ、ジョシュアが気にする様子もなく振り返る。そして答えた。
 「さあ。でも、今流行っているらしい。ぼくもよくは知らない」
 「なんだ。あんたが作ったわけじゃないのね。そんな気はしたけど」
 リチェは思わず肩をすくめて言った。ジョシュアが驚いたような顔をする。

 「そんな気はしたって……どうして?」
 「どうしてって……」
 尋ねられてから、リチェも言葉に詰まった。
 ……そんな気がしたから、そんな気がしただけだ。そう言われてみれば、なんでそんなことを思ったのだろう。
 リチェは首を横に振って言った。
 「なんとなくよ。ええと……あんたが自分で作ったにしては、適当というか、投げやりに歌っていた気がしただけ」
 言われて、ジョシュアは珍しく苦笑してみせた。
 「投げやりに歌ったつもりはないけれど。でも、やっぱり自分で作った歌じゃないから、勝手が違うみたいだ」
 ちょっと言い訳がましいかな、とジョシュアは薄く笑って、また続きを歌い出した。今度はリチェも口を挟まずに聞いていることにした。どうせ他にやることもないのだ。

 さっきはよく聞いていなかったが、片思いの歌らしい。女性から男性へ、懸命に気持ちを伝えようとする歌詞だ。
 しかし、やはりジョシュアの歌う誰かさんが作ったバラードは、どこか空っぽな気がした。
 ジョシュアも自分でそう思っているのか、最後まで歌わずに歌をやめ、またリチェを振り返る。
 「ねえリチェ」
 「何よ」
 リチェが投げやりに返事をすると、ジョシュアは相変わらずの無垢な表情で、こういった。
 「人を好きになるって、どういうことだろう」
 その瞬間、「は?」という一文字が、リチェの頭の中一杯に広がった。ぽかんとしてジョシュアを見たが、ジョシュアは小首を傾げて考え込んでいる。
 「流行っているというからには、多くの人がこの歌に共感しているんだろうけど……ぼくにはしっくりこない。要するに」
 「共感できない?」
 「そういうこと」
 そりゃ、デモニックと普通の作曲家作詞家じゃ、感性が違うんじゃないの……そう言いかけて、ぐっと飲み込んだ。そして、代わりにこう答えた。
 「しょうがないんじゃない。そういうのは、したことある人しか共感出来ないものかも知れないわよ」
 「ふうん。そういうものかな」
 あたしに聞かないでよ、とリチェはまたため息をついた。ジョシュアはまたリチェに背を向けて、後ろへ後ろへと流れていく夜空を見上げていた。
 「リチェはしたことある?」
 そして肩越しに振り返り、ジョシュアは尋ねた。リチェはその意図が分からず、眉をひそめて首を傾げた。
 まっすぐにリチェを見つめて、ジョシュアは尋ね返した。

 「誰かに恋をしたこと」

 夜風が、いっそう冷たさを増した。
 その言葉が音になり、耳に届いて、ちゃんとした意味としてかみ砕かれてリチェの頭に入ってくるまで、とても長い時間がかかったような気がした。
 なんでこいつがそんなことを言うのかしら。
 答えよう、と、意志が重い腰を上げるまで、リチェの頭はそればかり考えていた。
 それは何かの感情が思わせたことだったのだが、ただ空白というか、薄い布の向こう側にあるようで、どんな感情なのかはよくわからなかった。
 気恥ずかしさだったかも知れないし、呆れだったかも知れないし、怒りだったかも知れない。

 「ないわ」

 リチェは急いで答えた。ジョシュアの言葉が、まるで縫い針がそうするように、薄い布を向こう側から突き破る前に。
 恋なんてしたことはない。恋がその歌に出てくるようなものなら。その歌に出てくる女の人が思うような、会いたくてしょうがなくなる誰かなんていない。思ってると苦しいくせに、強がったこともない。
 リチェが答えると、ジョシュアは少しほっとしたように微笑んだ。
 「そうか。じゃあぼくら、同じだね」

 ええそうねと答えたその瞬間、また布の向こう側から、針がつつく感触がした。