rainパロ。続きそうだけど続かない。
主人公×花村。
* * * * *
雨が降る。
水たまりを素足で蹴りながら、誰もいない町を駆けた。
宵闇と雨音の中、彼の輪郭だけを探して。
これはたった一夜の、夜と影の物語。
***
その日、月森孝介は風邪をひいた。
日常生活とテレビ内の探索という非日常に奔走したツケが回って来たのか、それとも別の理由かは定かではない。
しかしとにかく熱を出し、叔父と従妹に連れられた病院で、しばしの安静を言い渡された。
「お兄ちゃん、ちゃんと寝てなきゃだめだよ」
朝方、学校へと向かう従妹が、大人びた物言いでそう言ったのを覚えている。
逆に、それが『月森孝介』が覚えている最後の光景だった。
うっすらと目を開けると、そこには薄闇が広がっていた。
「(……暗い)」
「彼」はぼんやりと、そんなことを考えた。そして目を、ゆっくりと、さらに開ける。
最初に目に飛び込んできたのは、水滴。正確に言うなら、水滴が、地面の水たまりに波紋を広げているさまだ。その水滴は絶えることなく空から降ってきている。
つまり、その世界には雨が降り続いていた。
雨は当然、地面や水たまりだけではなく、「彼」の肩や頭上にも降り注いでいた。しかし、「彼」は濡れて寒がる様子も無ければ、その状況に慌てる素振りも見せない。
何故なら「彼」は、人間ではなく。月森孝介の影……シャドウと呼ばれる存在だったからだ。もっとも、今は彼のペルソナ「イザナギ」として傍にいるのだから、語弊はあるかもしれない。
とにかく実体を持たない彼にとって、雨など障害にならない。
「(どこだ、ここは)」
しかし、障害は雨などではなく別の所にあった。
くるりと辺りを見渡す。その世界は、屋根のある所を除いて、全てが雨に打たれていた。
石畳。水たまり。レンガ造りの壁。細い路地に並ぶ家々。その壁に並ぶ窓。街路樹。水銀灯を下げた街灯。白い石造りの階段。
まるで西洋のお伽噺に出てくるようなその街並みに、見覚えなどない。「本体としての月森孝介」が、写真で見たことがあるとか、映画で見たことがあるとか、そういったこともなかった。
ただ、現実感のない美しさをたたえた街並みが、目の前に広がっていた。
「(テレビの中……というわけでもない、か)」
ふう、と溜息をついて孝介は考える。本当に何となくでしかないが、あの世界だという感覚もない。
先ほども思い返したとおり、「月森孝介」としての記憶も、朝方でとぎれている。さてどうしたものかと思ったその時。
ぱしゃり、と。どこかで水たまりが跳ねた音がした。
「(…………?)」
まるで誰かが水たまりを蹴ったような音だ。半分反射的に、そちらに目をやる。
「――――――!」
そして息を呑んだ。
そこには、輪郭が浮かび上がっていた。濡れそぼって、少し外向きに跳ねた髪。ほっそりとした頬や顎のライン、男性にしては華奢な肩や、すらりと伸びた手足。そしてその人物の顔つきや表情まで。そんな「人の輪郭」が、絶え間なく降る不思議な雨に縁取られ、浮かび上がる。
そして孝介には、それが誰なのかが、すぐに解った。
「(陽介)」
花村陽介。雨粒に浮かび上がったのは、彼が信頼し、また愛して止まない相棒の姿だった。
思わず声をかけようとしたのだが、声が喉の奥で詰まったようになって、言葉が出ない。そして陽介は、そんな孝介に気付いていないようだった。
陽介はふと、自分が走ってきた側の道を見やり、さっと表情をこわばらせる。そして、一目散に奥の路地へと走って行った。
「(待て、ようす、)」
出ない声に焦りながら、陽介を呼び止めようとする。やはり陽介は気付かず、雨に晒された石畳を駆け抜け、石造りの家に取り付けられた庇(ひさし)の下へと潜り込んだ。
陽介の輪郭が庇の下へと入った瞬間、その姿がかき消える。しかし、陽介が庇の下から出て更に奥へと走り出した瞬間、その輪郭がまた見えた。
雨に打たれている間だけ、姿が見える。いや、そうではない。
「(透明になっているんだ。俺も、陽介も)」
そこで初めて、孝介も自分の姿を見下ろした。雨に打たれ、その飛沫で白く淡く浮かび上がる身体の輪郭。しかしその姿は、雨に縁取られているだけで、「見えていない」。
だから屋根のあるところに入ると、「見えなくなる」。
「(とにかく、陽介を追わないと)」
孝介は見えない自分の手を握り、走り出した。
この世界は何なのかとか、陽介が何故あんなに怯えた顔で走り出したのかとか。解らないことだらけではある。
しかし、手がかりはこの町と、陽介だけだった。
陽介が走り去った方向には、月が浮かんでいる。この大雨の中、嘘のようにぽっかりと。
その明かりを追って、二人は雨の町を駆けていく。
雨が降る。
水たまりを素足で蹴りながら、誰もいない町を駆けた。
宵闇と雨音の中、彼の輪郭だけを探して。
……遠くで、何かが唸るような声が響いた。
夜はまだ、明けない。