鍵主♀。2019年バレンタイン記念。
遠まわしすぎる好きのきもち。たぶん鍵介は気づかない。
「はい、ハッピーバレンタイン」
そう言って、律から紙袋を渡されたのは、2月14日――バレンタインデーのことだった。
「えーと。これってもしかして」
「もちろんチョコレート。今日、バレンタインでしょ。鍵介にあげる」
淡い期待を込めて律を見つめると、律は人懐っこい笑顔を浮かべてそう肯定した。
一瞬「やった」と素直に喜んだが、すぐに思い直す。律の口調や仕草に気負ったものは感じられない。あくまで気楽な様子だ。
そう思いつつ袋を開けると、そこにはバラエティ豊かではあるものの、市販のチョコレート菓子がいくつか入っているようだった。
いかにも義理っぽいチョコレート、と言うやつだ。
「ありがとうございます」
とにかく笑顔でそう答えるが、内心ちょっとがっかりしていた。
「(この様子だと、帰宅部みんなに配ってるのかな……いや、もしかして友達全員にとか?)」
あり得る話だった。律は気配り上手だし、マメで交友関係も広い。
鍵介は同じ「帰宅部」ということもあり、他の何も知らない生徒たちよりは、律に近いところにいるのだろうが……その「特別さ加減」は、本命のチョコレートをもらえるほどではないらしい。
「大事に食べますね」
「そんな大げさな。なんなら今、食べよ」
精一杯動揺や落胆を隠してそう言った鍵介だったが、律はこともなげにそう言った。
「私も一緒に食べる」
悪戯っぽく笑って、律は後ろ手に隠し持っていたらしい、もう一つの紙袋をちらつかせて見せた。
まさかの自分用。同じ模様、色違いの紙袋を律が開けると、中からは鍵介がもらったのと同じチョコレート菓子が出てきた。
……何回見ても「本命」の線は無し。ついでに脈もなし。
「いいですよ」
そう思ったら、完全に気が抜けてしまった。鍵介は思わず苦笑する。
紙袋からチョコレートを一つ出し、包装紙を破って口に運ぶ。ぱきん、と小気味いい音がして、口の中にほろ苦い甘さが広がっていった。
律も鍵介の隣に立って、同じように包み紙を破いて、サクサクと口を動かしている。
「私さあ……チョコレート大好きなんだよね。それはもう」
「そうなんですか」
「うん」
そのまま二人でチョコレートをもくもくと食べながら、中身なんてまるで無いような話をする。
鍵介が一つ食べている間に、律は次の包みを開け始めた。なるほど、本当にチョコレートが好きらしい。
「でね、好きなものは人に譲らない主義なの。基本的には」
言った律の口元で、ぱきん、とまたチョコレートが砕ける音がする。甘い香りがはじけて、チョコが解けていく。
「……はぁ。そうなんですか」
それ以外、どう返事をすればいいのだろう。
本気でそう思って、鍵介は小さく首をかしげる。すると、律は意味ありげに、鍵介の方をじっと見つめた。
穴が開くほど、というのはこのことで、律はチョコレートを口にくわえたまま、鍵介から目を放そうとしない。
「な、なんですか?」
思わずいたたまれなくなって、鍵介がそう尋ねると、やっと律はぱっと笑った後、視線を逸らす。
「なんでもない。そのチョコ、おいしい?」
「はい、おいしいです」
ならよかった。と、律はまた意味ありげに笑ったのだった。