鍵主♀。2019年鍵介誕生日記念(+猫の日遅刻)。
自宅主人公・日暮白夜。
猫と暮らす鍵主同棲シリーズ、続きたい。
……大人になる。この国ではそれは、二十歳になることを言うらしい。
なんでそう決まっているのかは知らないし、特に興味もない。とにかくこの国ではそうと決められていて、二十歳という年齢を過ぎているかいないかで、色々と変わることがあるらしい。
「実感なんてゼロだけどね」
鍵介は小さくため息をついて、パソコンの右下に表示された日付を見た。
二月二十七日、午前零時過ぎ。響鍵介、記念すべき二十回目の誕生日である。
当たり前だが、成人したからと言って、何かが劇的に変わったわけではない。数分前の自分が、たった数分で変わるわけもない。
それでも今ここにいる自分は、どうやら大人になったらしい
そんなことをぼんやりと考えていると、手元に置いたスマートフォンが小さく震えた。何かと確認すると、WIREのメッセージが届いている。
何気なく送信元を確認して、自然と口元が緩んだ。
『お誕生日おめでとう。今年も鍵介にとっていい一年でありますように 日暮眞白』
元・帰宅部部長、日暮白夜――現実では本名に戻り、日暮眞白として生き始めた彼女からの、いち早いお祝いだった。
明日の昼間にも、プレゼントをもって会いに来てくれる約束なのに、マメだなあと思わず微笑む。
現実に帰ってきて迎えた誕生日は、眞白のほうが少し早かった。「鍵介のときは、私が精いっぱいお祝いするからね」と妙に張り切っていたのを思い出す。
『ありがとう。明日、楽しみにしてる』
指を滑らせてそう返信して、鍵介はやっと寝支度をするべく眼鏡を外した。
そのあとに続いて、帰宅部のメンバーからも続々とメッセージが届き始める。結局寝る直前まで返信に追われて、ベッドにもぐりこんだのは一時近かった。
しかし翌日。約束の時間になっても、眞白は現れなかった。
「なんかあったのかな……」
帰宅部の頃から、白夜は理由なく約束をすっぽかすタイプではなかった。これは何かあったに違いない……と鍵介がスマートフォンを見たとき、ちょうど、眞白から電話が着信する。
「眞白? 何かあった?」
すぐに出てそう尋ねると、電話越しの眞白は、困り切った様子で声を震わせていた。
「ごめんね、鍵介……困ったことになっちゃって……助けて」
思わず鍵介は言葉に詰まった。
助けて、と来た。眞白は口数が少なく、あまり主張といえる主張をしない。まして、はっきりと「助けて」なんて言われたのは、鍵介だって数えるほどだ。
「今すぐ行くから、場所教えて」
これはただごとではない。そう直感した。
「鍵介」
そうして電話をかけながら、やっと眞白のところへとたどり着いた。眞白は鍵介の姿を見るなり、心の底から安堵した声で鍵介を呼ぶ。
「何があったの」
眞白がいた場所は、特に何があるわけでもない、道端だった。本当に何もない。人通りもまばらだ。
「それが……その。この子を……どうしようかって思って」
スマートフォンを下ろしながら、鍵介を不安そうに見上げる眞白。その視線が少しずつずれて、足元へと向かった。鍵介もつられてその視線を追っていく、と。
そこには、黒っぽいまだら模様の子猫がうずくまっていた。古びた段ボールの中に申し訳程度に新聞紙が敷かれ、その上で、みぃみぃと頼りなげに鳴いている。
「捨て猫?」
「たぶん……どうしよう。私、ほっとけなくて」
眞白は子猫を見下ろして、絞り出すようにそう言った。
実際、心が締めつけられる思いなのだろう。眞白はこういう生き物を見捨てられる性格をしていない。
とはいえ、彼女は今動物を飼える状態でない。それがまた悩ましいのだろう。
眞白は今、親戚の家に引き取られ、なんとか後見人になってもらったところだ。一人暮らしを始め、まだ自分で自分の面倒を見るので精いっぱいだろう。
「さすがに、ペットは飼えないから……せめて、ご飯とか、あげてもいいのかな……」
ぎゅっとスマートフォンを握りしめ、眞白は切なげに眉根を寄せる。子猫に手を伸ばすが、触れると情が移ると思っているのだろうか、ためらって手を引っ込めた。
「(見捨てたくないんだろうな)」
当たり前だ、と思った。だからこそ、「どうしよう」と鍵介に助けを求めてきたのだ。
鍵介はしばらく、無言で猫を見つめていた。しかしおもむろに、段ボールの中に手を入れる。
「鍵介?」
眞白が声をかけるが、とりあえず答えずに、子猫をそうっと抱き上げた。子猫は状況が分かっていないのか、それとも単に図太いのか、特に抵抗なく抱かれている。
「連れて行こう」
「え? でも、私の家は……」
「僕が預かる」
無理だよ、と眞白が続けるより早く、鍵介がそう言い切った。心臓がドキドキと脈打っている。
「で、でも、鍵介のご両親とか」
「説得する。っていうか、僕らで飼おう」
ああ、言った。言ってしまった。だってこのまま放っておけない。この子猫も、子猫を前に泣きそうになっている眞白も。
高鳴る心臓をなんとか抑えながら、鍵介は言葉を続けた。
「一緒に暮らして……その、ペット可のマンションとか、探してさ」
そこまで言って、やっと眞白はその意味が分かってきたのだろう。今度は打って変わって、見る見るうちに顔を赤くした。
「でも、そんなこと……出来るの?」
出来る、と、その言葉に鍵介は即答した。眞白は不思議そうに、鍵介を見上げている。鍵介の手の中で、子猫がまた、にぃ、と鳴いた。
「今日から僕、大人だから」
何が変わった実感もない。何を成せる保証もない。
けれど、何かを決められるようにはなった。大好きな人と、望むように、生きていくことは決められる。
「だからその、どう、でしょうか……」
前のめりで言ったその言葉は、途中で恥ずかしくなって後ろの方が消えていった。おずおずと顔を上げ、眞白を見つめる。
眞白は真っ赤になりながら、呆然と、しかしゆっくりと頷いた。
「は、はい……」
にぃ、と、子猫が待ちくたびれたようにもう一度、腕の中で鳴き声を上げた。