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blind(クジャ×ジタン)

Posted in Final Fantasy, and テキスト

ジタンとクジャ。ゲーム開始前。
ジタン幼少期ねつ造話注意。

 窓から冷たく蒼い光が零れている。淡く優しいながらも、どこか身体に悪そうな印象も与えるそれを浴びながら、クジャはけだるげな様子で椅子に腰掛けていた。
膝の上には本が一冊。彼はそのページを一枚、また一枚とめくっていく。
することが見つけられない日、クジャはたいてい読書をして過ごす。テラの書物はほとんど読み尽くしてしまったので、最近はガイアから持ってきた本ばかりだ。
魔法に関するものや歴史書も読むには読むが、まだ魔法文明が発展途上のガイアの本は、テラのそれと比べると物足りない。それよりも面白いのは芝居の筋書きや小説の方だった。
白い指先はページを捲り、切れ長の瞳が文字を追う。
読み進めているのが悲しい場面だろうと希望に満ちた場面だろうと、その表情は動かない。しかし、決して飽きて目を離すこともない。あらゆる意味で、読書中の彼はその行動に熱中している。
「………………………」
熱中しているので、読書中のクジャはとても無防備だ。全神経が活字に集中していると言ってもいい。だから、背後からにじり寄る気配にも気づくことはない。
そうっと、そうっと。そう心の中でそう囁きながら、「彼」はクジャに近づいていった。
そして、クジャが丁度次のページをめくろうと指を添えた瞬間。
「わっ!」
「ッ!?」
後ろから大声を上げて驚かす。クジャは悲鳴こそ上げなかったが、心臓が跳ね上がる思いがして、目を見開いた。珍しいことに、身を震わせたようにも見えた。ホラーものでも読んでいたのだろうか。
とにかく「彼」は、その反応が面白くて仕方がない、と言ったように、からからと笑い出す。
「あははは! びっくりしてるー、クジャびっくりしてるっ」
この世の楽器がどれも未だに奏でることのできない、小気味のいい声――子供特有のそれで、「彼」は笑う。
「……ジタン」
クジャは「彼」――ジタンを振り返り、その形のいい眉を寄せてジタンを睨んだ。

 それは年端もいかない子供に対する「大人」の態度としては、いささかおとなげない。しかしクジャも、そしてジタンも全く気にする様子はなかった。
クジャは射殺さんばかりの視線でジタンを睨むし、ジタンはそのまだ薄い色をした青い瞳で、心底楽しそうにクジャを見つめていた。
クジャがふと膝の上に視線を落とすと、本が無造作に地面に落ちていた。さっき驚かされたせいで、思わず取り落としたのだろう。そこまで驚かされた自分にも苛々した。
「くだらないことをするな。邪魔だから消えて」
その苛立ちを全く隠すこともなく、クジャは吐き捨てる。普通の子供なら、この刺すような視線と言葉ですくみ上ることだろう。
この世界で、クジャが一番嫌っている子供。ジタンと名の付いたそれは、何故かいつもクジャにまとわりついてくる。
クジャはどうしようもなくジタンを嫌っていて、実際、こんな風にそのことをジタン自身にも伝えているのだが。ジタンはそれらを理解できていないのか、きょとんとするばかりで全く離れようとしないのだ。
「じゃましないから、消えないっ」
いつもこうやって、にっこり無邪気に笑うばかりだ。
「もうすでに邪魔。そして今もなお、邪魔だ」
「おれは、じゃまじゃないよ」
「君が、じゃない。僕が、君のことを、邪魔に思ってるってことだよ」
「…………んー?」
クジャにしてみれば懇切丁寧に説明したのだが、ジタンには理解できていないらしい。彼は小首を傾げて、考え込んでしまった。
他の連中には、こういう仕草も可愛く映るのだろうか? だとしたらどうかしている、とクジャは心の中で毒づきつつ、床に落ちた本を拾い上げた。

 どんなに可愛らしい姿をしていても、幼い子供を装っていても、彼はジェノムだ。それも相当の能力を秘めた特別製。生まれたその瞬間からクジャを越えるために作られ、いつかクジャをないがしろにする存在なのだ。
起伏の激しい感情も、その仕草も、トランスという力を有効に使うための付属品に過ぎない。クジャを悠々と飛び越すために備えられたものを……ジタンの、その豊かな感情を、クジャが快く思うはずもなかった。

 「なぁなぁ、むずかしい話すんのやめよーぜ。たのしい話して」
ジタンの考え事は一分程度で終わったらしい。しかも、「まぁどうでもいいか」という最悪の結論で。
脳天気に笑うジタンを見て、思わず突き飛ばしたくなった。いや、もしも手が本で塞がっていなかったら、本当に突き飛ばしていただろう。代わりに、できる限り冷ややかな視線でジタンを見下ろす。
「馬鹿馬鹿しい、なんで僕がそんなことしなくちゃいけないんだ」
「クジャと話したいから」
ジタンはまだ、にこにこと笑っている。
話をしたい、そう言いながら、こうして何か他愛もないことを話しているだけでも楽しい、と言うように。クジャは全く反対で、ジタンと話をするたびに、自分の内側に黒いものが溜まっていくようなのに。
「僕は君の顔なんて見たくもないんだ。君のことが嫌いで嫌いでしょうがない。だから話なんてしたくないね」
「えー? おれはクジャとしゃべるの嫌じゃないよ。だって、クジャはおれがしゃべったらそうやって答えてくれるじゃん」
意味が分からない。クジャは大きく溜息をついた。
いい加減うんざりしてきたので、もうこれ以上は何を言われようが無視してやろうと腹を決めた。
が、ジタンは不満そうな声を上げつつも、退くどころか身を乗り出してクジャの顔を覗き込んでくる。
……ああもう本当に鬱陶しい。早くどこかへ行けばいいのに、と、そう思った時だった。

 「ジタン」

 低い、地の底から響くような声が二人の鼓膜を揺らす。クジャもジタンもぴくりと眉を上げて、その声がした方へと視線を向けた。
黒い衣装を身に纏った老人。テラの管理人がそこには立っていた。
「ガーランド……」
目を細めて、クジャが憎々しげにその名を呼ぶ。
しかし、ガーランドは顔色一つ変えない。相変わらずその表情は変化に乏しく、何を考えているのかわかったものではなかった。
「何をしている。行くぞ」
クジャに名前を呼ばれたにもかかわらず、ガーランドはクジャの方を見向きもしない。
声をかけられたジタンが途端にびくりと尻尾を震わせて、恐る恐るガーランドを見上げる。
「でもおれ、クジャと」
ジタンは何か言おうと口をもごもごさせていたが、ガーランドに睨まれると言葉を止め、言おうとした言葉を飲み込んでしまう。
クジャと話している時は、何度はねつけられてもめげなかったくせに。
釈然としないものを感じながらも、クジャは、これで少しは静かになるかななんて考えていた。
「ジタン」
ガーランドに再度名前を呼ばれると、もう一度尻尾がびくりと震え、ジタンはよほど怖いものを目の当たりにしたかのように、目をぎゅっと閉じた。
ガーランドはやはりそれを無表情で一瞥すると、つかつかとジタンに歩み寄ってその細い手首を掴む。
「あっ」
ジタンが小さく、悲鳴のような声を上げる。しかしガーランドに言葉はない。二度は言わない、ということだろう。
いやいやをするように首を振るジタンを、ガーランドは無慈悲に引きずっていく。
ジタンはいつも気の向くままに遊び歩いているようだが、ガーランドにとってはそれはあまり好ましくないことらしい。
研究だか何だか知らないが、できれば目の届く範囲に置いておきたいのだろう。たびたびパンデモニウムを抜け出すジタンを、ガーランドはそのたび連れ戻している。

 何にしろ自分には関係のないことだ。クジャはそう考えて二人に背を向けた。
「…………?」
その時不自然に、後ろに重心が掛かる。まるで、何かに引っ張られているような感覚だった。
肩ごしに振り返ると、ジタンが泣きそうに顔を歪めながら、クジャの袖を引いていた。
どきりと心臓が跳ねる。何か奇妙なものを見るように、クジャはジタンを見つめた。
ジタンの目は、怯えたような、何かを求めるような色に満ちている。その小さな指先はクジャの服の裾を掴みながらも、本当はクジャの手を握ろうと力を込めている。
なんで、僕に助けを求める。
その時のクジャが感じたのは、苛立ちでも鬱陶しさでもなく、ただの疑問だった。
どうしてよりにもよって、クジャに助けを求めるのか。いつも邪険に扱われていることくらい、いくらバカだって気づいているはずだ。
「――――――」
ジタンの口が、クジャ、と呼んだ気がした。あるいは、たすけて、と言ったのか。
裾を握る力がまた強くなった。クジャの心臓がまた跳ねる。
「(やめろ、放せ、重いんだよ)」
ぱしん、と軽い音がして、クジャの手がジタンの手を振り払う。握られた瞬間は時が止まったかと思ったのに、離れていくのは呆気ないほど一瞬だった。
ジタンの目が一瞬見開いて、それから諦めたように哀しい色をした。クジャは思わず視線を逸らし、その間にドアが音を立てて閉まる。
クジャはしばらくドアの前に立ちつくしていた。手の温もりも、重みも、もうどこにも残っていない。それなのに、その右手はとても重かった。まだそこに、ジタンの手が在るみたいに。
「なんで、君は…そうバカなんだ」
クジャは一人、そう吐き捨てる。
よりにもよって、僕に助けを求めるなんて。君を望み、歓迎してくれる人は他にいくらでもいるだろうに。どうしてよりにもよって僕だったんだ。

 『おれはクジャとしゃべるの嫌じゃないよ。だって、クジャはおれがしゃべったらそうやって答えてくれるじゃん』

 その時不意に、さっきジタンが言った言葉が蘇る。
ジタンがクジャにまとわりつく理由。助けを求めたその理由。やっと思い当たって、クジャは思わず苦笑した。
ブラン・バルのジェノムたちは、テラの魂を受け入れるための器。だから余計な反応や感情は持っていないし、ガーランドの命令には忠実だ。たとえ助けを求めたって、彼らはジタンに見向きもしなかっただろう。
だがクジャは違う。ジタンと同じで、魂を持っている。感情があり、反応を返す。
ジタンは他を頼らなかったのではなく。クジャしか頼れなかったのだ。
周りの音は奇妙に小さく感じられ、自分の鼓動だけが大きく響いていた。胸の辺りに感じているわだかまりのようなものが、じくじくとクジャを痛めつけている。
後悔なんてしていない。だから胸が痛むはずもないのに。
「(だって僕は、ジタンが嫌いなんだから)」
自分に言い聞かせるように、心の中でそう呟いた。けれど胸の痛みは、少しも和らぎはしなかった。